交渉のテクニックとして生まれた「バックワード・マッピング」。これはいわゆる「戦略的根回し」である。正しい順序で「外堀」を埋めればあらゆるプロジェクトを高い確率で成功に導くことができる。

2002年、サンフランシスコの太平洋海事協会(PMA)──西海岸の29の港湾で営業している海運会社、ターミナル運営会社、港湾荷役会社72社の連合組織──は、サンフランシスコの国際港湾倉庫労働組合(ILWU)と労働協約の更改交渉を行うことになっていた。

当時のPMA会長、ジョセフ・ミニアチは、この交渉を成功させるためには綿密な戦略が欠かせないと考えて、「バックワード・マッピング」という戦術を採用することにした。この方法では、交渉結果に影響を及ぼすことのできる人々に特定の順序で接触していき、最後に最終的な意思決定者に行き着くことになる。

3年前の更改交渉では、組合は新しい情報技術を導入したいというPMAの提案に反発して、週に数十億ドルもの貿易の流れを中断させかねないスローダウン(減速減産)戦術に出た。結果、PMAはしぶしぶ譲歩した。

ミニアチはこのようなことは2度とごめんだと思い、その直後から02年の交渉の準備に取りかかった。彼は、交渉そのものは脇に置いて、どのような合意が可能かを決定づけるより大きな問題、つまり交渉をめぐる論議に引き入れる関係者の範囲、自分の行動の順序、および総合的な戦略設計を考えることに精力を集中した。自分の最終目標──新技術の導入を盛り込んだ協約──からスタートして逆にさかのぼっていき、事前にどのような行為(まだ論議に加わっていない関係者との合意を含む)を、どのような順序で行えば、組合がPMAの提案に同意する公算を高められるかを考えたのだ。この分析に基づいて、彼は重要な関係者に協約交渉の結果は彼らの利害にも影響するということを理解させ、そうすることで彼らを論議に参加させた。これら外部の関係者からの圧力、とりわけ政府機関からの圧力は、新技術を導入するという提案に組合を同意させるうえで決定的な役割を果たした。

バックワード・マッピングの適用範囲ははるかに広い。こう語るのは、元ハーバード・ビジネス・スクール教授で、組合との交渉でミニアチの顧問を務めたコンサルタント会社、ラックス・セベニアスの共同オーナー、デイビッド・A・ラックスだ。「バックワード・マッピングとは、実はどのように行動するべきかという戦略的筋道を考え出すことなのだ。……誰に、どのような順序で話を持っていくべきかを緻密に順序づけすることなのだ」。

社内の計画に支持を集めようとしている場合であれ、販売契約やサービス契約、あるいは合弁事業に関して合意に達しようとしている場合であれ、バックワード・マッピングは、結果が大幅によくなるように戦略的行動を練り上げるためのツールとなる。