全員が賛成した商品が売れない理由とは

07年12月3日の午後一時、キングジムでは定例の開発会議が始まった。開発者の立石は出席者を前にプレゼンを始めた。

「売り出したい新製品はデジタルメモです。今のところ『サクメモ』(開発当時の名称)と呼んでいます。パソコンより軽いから持ち運びが便利、そして乾電池で動きます。画面はモノクロで4インチサイズ。折り畳み式のキーボードをつけます」

説明しながら、彼は発泡スチロールと市販されている折り畳み式キーボードでつくった現物模型を全員にまわした。完成図を見せるだけでは説得力がないので、彼はいつも現物大の模型をつくり、それをさし示しながら話をしたのである。

しかし、そのときは……。

出席者は模型を手に取りはしたものの、「これ、いいね」といった声はまったく聞こえてこなかった。会議室は静まりかえったままである。見かねた社長の宮本が「じゃあ、誰か質問のある人」と発言を促しても、なかなか手を挙げる者はいない。少ししてから質問が出た。それも、どうしても聞きたいといった熱意のある様子ではなく、「誰も発言しないのなら仕方ない」といった感じの質問だった。

「これはネットには接続できないのか」

「メールくらいは送れるのか」

立石は答えた。

「そういう機能をつけるとパソコンと同じになって、重量が増えるし、起動が遅くなります。また、機能を増やすと乾電池では動きません」

出席者の質問と立石の答えを聞きながら、社長の宮本は「やるべきかどうか」を自問自答していた。

「会議でプランを聞いたとき、正直に言って、売れないと思った。私はパソコンをあまり使わないので、パソコンを持ち運ぶ人の気持ちを想像できなかった。それはほかの出席者も同じだったでしょう。

しかし、だからといって、ポメラをやらないと決めたわけではなかった。出席者は賛成の様子ではなかったけれど、私はつねづね『三振してもいい、フルスイングしろ』と言っていたでしょう。開発者の情熱が伝わってくれば、ポメラを出す気でした」