上手すぎるプレゼンは「わざとらしく」見える

筆者が勤めるコミュニケーションコンサルタントのキングストリー・グループ(ロンドン)が行った調査では、このような対話こそが、プレゼンテーションに聞き手を参加させ、情報の信用性を伝え、信頼を抱かせるカギであることが明らかになった。プレゼンテーションのこうした手法は、プレゼンテーションの効果を高めるための骨組みを提供してくれる。

残念ながら、プレゼンテーションについての従来のアドバイスや指導は、えてしてこの決定的に重要な分野で役に立たない。そのひとつが、偉大なコミュニケーターを模倣するロールモデル・アプローチだ。「ロナルド・レーガンやウィルソン・チャーチルも偉大なコミュニケーターだった。だから、偉大なコミュニケーターになるためには彼らのようにならなくてはいけない」という理屈である。だが、このアプローチをとると、話し手は往々にしてつくり物の自分を打ち出すことになる。

もうひとつのアプローチとして、優れたプレゼンターなるものの動きや声の特徴を特定して、それを実践する「べし、べからず」アプローチがある。まず、本人がプレゼンテーションを行っているところをビデオに撮る。それから、そのビデオを見ながら「背筋を伸ばして」「手を振って」「動き回って」「声に抑揚をつけて」「聴衆とのアイコンタクトを最大限に保って」などと指導するわけだ。

その後もう一度ビデオに撮ると、この人物のプレゼンテーションはたいてい、よりきびきびしたものになっている。

だが、このアプローチもまた「わざとらしい」という印象を持たれがちだ。

こうした手法とは正反対に、話し手の壇上でのスタイルが雑談のときとまったく同じだったらどうだろう。この場合は、聴衆は1対1で話しているのと同じ感覚を持つだろう。

これこそ、レーガンをあれほど効果的なコミュニケーターにした要因だった。彼のコミュニケーション・スタイルは、一般教書演説をするときも妻と話をするときと変わらなかったのだ。