「顧客に信頼される会計士になるべく、経営を1から体験しておきたい」

そんな思いから、数年前に「たい焼き屋」で起業した。開業までの顛末は前回お話ししたとおりだが、粗利益は月額25万円程度と、5坪ビジネスとしてはまずまずの成果を得た。もちろん、そこにはさまざまな“企業努力”があった。

まず取り組んだのは業務の効率化だ。開店前には鉄板の温めや、材料の仕込みなどの準備があり、開業当初はその作業に1時間もかかった。でも、全体の作業のフローチャートを作成して、個々の仕事を同時並行でできないかなどを検討したら、何と15分までの短縮が実現した。人件費をカットできるのはもちろんのこと、始業時間を遅らせることで人材が確保しやすくなるオマケまでついた。

また、冷めたたい焼きを買う人は少ないので、客足を見ながら作るペースを調整する。お馴染みさんにはおまけに1個サービスする。近くの野球場でイベントがあるときには生産量を上げる。そんな工夫も怠らなかったことで、12月の開業から売り上げは順調に伸びていった。

しかし、たい焼き屋にも泣き所がある。春先になると季節柄、客足が鈍化する。特に7月、8月の猛暑のなかでたい焼きを食べようという人は少ない。その頃になると、非常勤で会計士の仕事もこなしていたこともあり、私の疲労はピークに達した。それに反比例して、たい焼き屋を維持していこうというモチベーションは下降の一途をたどった。そうなると、検討すべきはズバリ「撤退」である。

撤退を考える一つの目安
写真を拡大
撤退を考える一つの目安

実は起業した目的の1つが「撤退を経験する」であった。もちろん、開業に当たって、そんな狙いについては誰にも話していない。「失敗を前提にするなんて」と猛反対されるのがオチであるからだ。

経営コンサルタントは起業や新事業への進出のアドバイスはしても、撤退のアドバイスはしないのが普通だ。しかし、傷口が広がるのを最小限にとどめ、再起を図るための撤退も重要な経営判断であるはず。最近破綻した大手の英会話学校の場合、3年前の赤字転落が1つの節目だった。撤退の時期を誤り、粉飾決算に手を染め、致命傷に至ることもある。

利益拡大ばかりに目が行きがちな経営者は、とかく損失から目をそむけたがる。本来、どこまで損失が累積したら撤退するのか“損失確定”のルールを定めておかなくてはならないのだが、ほとんどの経営者はできていない。そこで、自らの経験に基づき、同じ経営者の視点でアドバイスができればと考えたのだ。

私の撤退の目安は、1日の売り上げ平均が7500円まで悪化すること。通常は月単位か四半期で判断するのが適当だが、日銭商売であることや、副業であることを考えると、決断はより早く行う必要があり、1日の売り上げ平均を指標にした。一般企業の場合は売上高から製造原価や営業経費(広告宣伝費、家賃、人件費)を引いた営業利益がマイナスになったら、撤退を検討すべきだろう。

また、会計において、売り上げと設備投資は同額程度という鉄則がある。100万円の設備投資からは、100万円の売り上げを生まなくてはならないという考え方だ。この鉄則を守れなくなったら、撤退のシグナルが点滅し始めたと捉える。

そうはいうものの、いざ撤退となると後ろ髪を引かれるもの。「続けてよ」といってくれるご贔屓さんや、格安で内装工事を引き受けてくれた義父には心のなかで手を合わせながら、撤退の決断をした。利益から開業資金を引くとかろうじてプラス。しかし、ストレス解消で外食が増えたことにより、実質的な収支はトントンといったところかもしれない。それでも、撤退を含めた経営の経験と、腹回りの余分な脂肪がしっかりと残った。