ケインズは、資本主義の制度では、供給可能な財の量を下回る需要しか存在しない、という形での不完全均衡が生じやすいので、何もしないでいると慢性的な不況に陥る、と考えた。ケインズの理論の特徴は、ただそれを指摘するだけに終わらず、対処の仕方も提案している、ということである。

ケインズは、経済が不完全均衡による「供給能力の余剰」という不況に陥ってしまった場合、政府が公共事業を執り行うことによって、その不況から脱出できる、と論じている。その原理は簡単だ。つまり、「需要不足」によって、意欲も能力もあるのに失業している労働者がいて、遊休している設備や機械があるなら、政府がそれらの生み出すことの可能な生産物の使い手になればいい、ということなのである。政府が公共事業を行って、失業者を雇用し、遊休している設備・機械を使って、生産を追加させるのである。これを専門のことばで「財政政策」という。

もちろん、公共事業をするには資金が必要だから、その資金は国民から調達しなければならない。方法としては、徴収した税金を財源とする手と、国債を発行して国民から借金してまかなう手があるのだが、国債を発行したとしても結局は将来に税金で償還せねばならないから、ここでは、はなっから税金を財源にするものとして話を進めよう。

前に解説した通り、ケインズのいう不況の真因とは、「有効需要の不足」である。企業の投資需要と家計の消費需要の合計が、生産能力をフルに活かすだけの水準に届かない、ということだ。だから、ケインズは、政府の需要をそれらに加えることによって、「有効需要を底上げ」すればいい、そういっているわけである。もっと、乱暴ないいかたをするなら、私的部門の財に対する欲求が乏しく財布の紐が堅くて不況が起きているのだから、政府が国民の財布をこじあけて、その中の金を勝手に使って、もっと生産できるはずの商品の買い手になってしまえばいい、そういうことなのである。

ケインズは、このような理屈によって、政府による財政政策で財の生産量を上増しする方策を提案した。そして、生産量が増えるということは、国民の所得も増えることであり、すなわち景気が回復することである、としたのだ。例えば、政府が2兆円の税金を徴収して、2兆円分の公共事業を行えば、国民の所得はちょうど2兆円増加し、景気にそれだけのインパクトを与える、と説く。これを専門のことばで「乗数効果」という。驚くべきことに、このときケインズは、公共事業の中身は問題にしていない。「穴を掘って、また埋めるような仕事でも、失業手当を払うよりずっと景気対策に有効だ」というようなことまでいっている。

伝統的な経済学では、生産活動は民間がやっても政府がやってもマクロな効果は同じなので、民間に任せ、政府は経済活動や競争が公正に行われるように監視する役割をすればいい、と考えられてきた。それに対してケインズの理論では、政府にずっと大きな役割を担わせている。すなわち、経済活動に積極的に介入し、経済パフォーマンスを達成可能ないっぱいいっぱいの水準にコントロールする資格を与えているわけである。

●この連載は、小島寛之著『容疑者ケインズ』の第1章の一部、ケインズの「一般理論」の批判的解説を転載したものです。