Max Weber-マックス・ウェーバー(1864~1920)

ドイツの社会科学者。一時、司法官試補として裁判所に勤務した後、学究生活に入る。その後、フライブルク大学、ハイデルベルク大学の国民経済学の教授を歴任。『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は、資本主義を支える人間の基本的な行動様式を分析したものとして知られ、いまでも法学、経済学、社会学、宗教学など広範な分野に多大な影響を与えている。


 

昨秋のリーマン・ショックを契機に米国の金融機関やビッグスリーが経営危機に直面したり破綻するなか、経営陣が何十億円もの年俸を得ていたことが批判を浴びている。そうした「自分だけ儲かればよい」といわんばかりの彼らの姿勢を揶揄した“強欲資本主義”という言葉が巷を闊歩している。

18世紀末、英国で産業革命が起こり、資本家と労働者という2つの階級が誕生するなかで台頭してきた資本主義。その後、資本主義体制が大きな発展を遂げられたのは、それが多くの人々に支持されてきたからにほかならない。資本主義経済体制が円滑に機能しえたのは“強欲”とは違うエートス(特性)が内包されていたからである。

その回答を私たちに与えてくれるのがマックス・ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(1904~05年)だ。そこでウェーバーは、「資本主義の精神」の生みの親となったのは「どの時代にも見られる命知らずの厚顔な投機家や冒険者たち、あるいは端的に『大富豪』などではなくて、むしろ厳格なしつけのもとで成長し、厳密に市民的な物の見方を身につけて熟慮と断行を兼ねそなえ、とりわけ冷めた目でまたたゆみなく物事に打ち込んでいくような人々」だと述べた。

ウェーバーは、19世紀末の欧州の資本家や経営者など、資本主義経済を支える職業人口でプロテスタントの占める割合が高い点に着目し、プロテスタンティズムのなかに経済活動を促進させる要因があるとの仮説を設ける。そのうえで、神は救済する人としない人を予め決めていて、人間がどんな善行や祈祷などをしても変わらないとしたカルヴァンの予定説に注目する。

キリスト教では、隣人愛の実践が神により命じられている。社会的な仕事である職業労働にいそしむことは、隣人愛の実践にほかならない。仮に自らが神により選ばれたものであるならば、そのことは神の命令をひたすら実行することで自ずと明らかになる。つまり勤勉に働くことが、予定説で与えられた不安の解消につながる。その結果、期せずして資本主義を推進する禁欲的・合理的な精神態度や生活態度が形成されていったとする。要は「勤勉を徳と心得る」ことが資本主義の精神の神髄だとウェーバーはいうのである。