イオングループには社員だけが読むことのできる本がある。筆者は創業者・岡田卓也の実姉で、グループの人事や組織経営のあり方を定めた小嶋千鶴子。日本最大の流通企業の秘密が書かれた本は、「門外不出の書」と言われてきた。それが今回、『イオンを創った女』(プレジデント社)として出版された。なぜ出版が可能になったのか――。

まとまった著作物は過去には一切ない

地方の小さな呉服店であった家業的岡田屋からジャスコという企業へ、さらにはイオングループへと発展させた影の功労者・小嶋千鶴子。岡田卓也の実姉として弟卓也を育てあげ、社長となった岡田卓也を補佐し、数々の合併を成功させた。影の実力者である。

その小嶋千鶴子が現役を引いてから四十数年が過ぎようとしており、実際のところ小嶋千鶴子を知る人が少なくなってきた。「小嶋さんって誰?」、「聞いて知っているけど偉い人らしいね」という程度で、その人となりや業績については、イオン内部であっても伝説の物語になりつつある。

小嶋がこれまで世にほとんど知られなかった理由のひとつは自己宣伝を徹底的に嫌う姿勢がある。そのためか、小嶋を知るためのまとまった著作物は過去には一切ない。

古くは『商業界』の主幹を務めた倉本長治氏がその著書『あなたも成功できる』の中で、「弟を女の細腕にしっかりと抱き締めながら、老舗ののれんを如何に守るべきかに苦心したこの人の半生の物語は、別に私にも書く折があるだろう」として、若干のエピソードを紹介しているにとどまっており、その半生の物語は結局実現しなかった。

どんな著名人の誘いも断った「影の実力者」

また、1995年に発刊された『創業者は七代目 ジャスコ会長、岡田卓也の生き方』のあとがきで、著者の辻原昇氏は「インタヴューのためお目にかかってほんとうにたのしかったのは小嶋千鶴子さんだ。七十九歳という年齢をいささかも感じさせず、歯切れのよい明解な語り口、機知とユーモアが壮快だった」と小嶋を紹介しているが、こちらもそこから先の話にはならない。

さらにはあの流通業界・フランチャイズビジネスの指導者のカリスマと知られる渥美俊一氏が、小嶋の側近のひとりであるA本部長を通じて、小嶋さんの本を書きたいが、とりなしてくれないかという打診があったが小嶋は固辞したほどである。

この種のトップ取材では取材する側もされる側もどうしても忖度や媚を売るようなことが起こるし、彼女にとっては、メディアに出ることによって自分で隙をつくることになりかねないから辞退したのではないかと思う。それと当時はまだ現役に近く、生の小嶋を披露するには時が早すぎると判断していたのではないかとも思う。

いずれにせよ、名だたる著名人からの出版の依頼を固辞するほどまでに自己宣伝を嫌った。小嶋の性格的なことでいえば、警戒心・猜疑心が強く、近づきすぎても離れすぎてもダメで、非常に「間」の取り方が難しい人ではある。