白髪交じりの茶色い髪をしたスティールは、整った顔立ちと澄んだ青い瞳の持ち主で、都会的で礼儀正しく、物怖じしない男だった。まじめで几帳面、かつ慎重で、その筋の人々のあいだでは、ロシアの秘密活動に関する最機密情報を入手できる立場にある人物として知られていた。

敵の実体は、想像を遥かに超える戦法だった

この前の年には資本家にもなってオービス・ビジネス・インテリジェンスという調査会社を作り、ロシア情勢についての深い知識──大部分は国内にいまも張りめぐらせてある情報網から得たもの──を利益に変える機会を探っていた。

諜報機関や警察機関への情報提供といった政府の仕事もしていたが、スティールの生計を支えるのは、ロシアのライバル企業のスキャンダルや、莫大な富を持つロシアの新興財閥ビジネスにからんだゴシップが目当ての民間企業と法律事務所だった。

つい最近、スティールを雇ったのはイングランドのワールドカップ招致を推進する個人や企業のグループで、サッカー界最大のイベントの招致で優位に立つためなら金を惜しまない依頼人だ。

正式にはイングランド2018と呼ばれるこの招致計画を推進する人たちの目には、開催地が候補国のスタジアムや空港、サッカーの質だけで決まらないことは明白だった。スティールがのちに述べたところによると、雇われたのは、招致競争に関する情報を集めてイングランド2018が敵方をよく知るのを助けるためだったが、敵の実体は、想像を遥かに超える戦法だった。

プーチンはW杯招致に、突然強い関心を示した

ウラジーミル・プーチンは熱狂的なアイスホッケーのファンで、サッカーにはまったく関心がなかったが、こうしたイベントの宣伝効果は認識していた。ロシアでワールドカップを開催すれば、2014年のソチオリンピック後もナショナリズムの隆盛がつづき、この絶対的指導者がこれから先何年も権力を維持するのに役立つだろう、と。

最初のうちプーチンは、スポーツ大臣で信頼できるアドバイザー、さらにFIFAの理事でもあるヴィタリー・ムトコに招致活動を一任していた。ところが、祖国ロシアは最有力候補でないことが明らかになった。広報合戦で負けかけているという。ワールドカップはロシアの手からあっけなくこぼれ落ちてしまうかもしれない。

2010年の春、突然プーチンが招致に強い関心を示したと関係者筋がささやきはじめて間もないころ、興味深いが気がかりな噂がスティールの耳に届きはじめた。