「200人がお台場から歩いて帰り、500人が泊まりました」

お台場に本社を置くサービス業B社はもっと混乱した。地震が発生した時刻には約700人の社員が勤務していた。会社の危機対応マニュアルでは、地震発生時は社員全員が3階のホールに集まることになっていた。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Petrovich9)

B社の人事部長は当時の状況についてこう語る。

「非常階段を使って皆が集まってきました。午後3時頃です。ほとんどが机の下に常備しているヘルメットをかぶっていました。社員の中にはバッグを持って帰り支度をしている社員もいれば、何も持たずに手ぶらのままの社員もいました。当然、会社はこの後、どうするのか指示を出すべきなのですが、災害対策本部が指示を出したのは1時間以上たった4時過ぎでした。社員は帰る電車はりんかい線か、ゆりかもめしかないことがわかっている。待たされている間に社員のいらだちも募っていきます。しかし4時過ぎにはすでに両方とも不通になっていました。歩いて帰る道はレインボーブリッジか勝ちどき方面の2つしかない。最終的に会社は「帰れる人は帰ってもいい」という指示を出しました。余震の心配もありましたが、そうせざるをえないという判断をしました。社員は自己判断をすることになったのですが、結果的に200人が歩いて帰り、500人が会社に泊まりました」(B社人事部長)

歩いて帰ると決めた社員は会社を後にした。周辺企業も同じだったらしい。薄暗い5時過ぎに他のビルからもあふれてきた人たちはレインボーブリッジに向かって歩き始めた。

▼今後、東京直下型の大規模地震に襲われたら

B社の人事部長は社員を帰宅させるかどうかの判断は非常に難しいと語る。

「地震の規模にもよる。東京直下型の大規模地震が襲った場合は当然、絶対に会社にとどめないといけませんが、地震の規模、時間帯、季節によって判断が変わってきます。会社にとどまれと指示しても、家族が心配だから帰ろうと必死になる社員も出るでしょうが、その際にSNSなどで家族の安否確認ができればとどまるかもしれない。でも、連絡がつかないと不安で帰りたがる社員が出るかもしれません。とくに日暮れの早い冬は帰る途中で事故にあうこともあります。女性はさらに危険です。会社も社員に対する安全配慮義務もありますから、どうしても帰りたい社員には『もし事故が起きたら会社に責任はありません』と一筆書かせるかという議論もありましたが、会社としてはそうしたくなるぐらい難しい問題です」(B社人事部長)

B社人事部長は細かくマニュアルに落とし込んでも実際の運用は難しいと指摘する。

一般的に地震が発生し、安全が確認できない限り、社員を外に出さないというのがBCP(事業継続計画)の原則だ。会社としては従業員に対する安全配慮義務もあり、安全が確認できるまでは帰したくないという思いがある。