仲間を気遣い、冷たいおしぼりを率先して配る

畑岡が初めてゴルフクラブを握ったのは7歳のとき。自宅近くの「宍戸ヒルズカントリークラブ(CC)」(茨城県笠間市)で予約担当の社員として働いていた母の勧めだった。ただし、いわゆる英才教育ではない。奈紗の幼少期から畑岡親子を知る、同クラブの総支配人・草野通朗はこう語る。

(左)浅見英次●畑岡選手が小学生の頃に所属した笠間市の少年野球チームの元監督。今も畑岡選手が帰省の際は相談に乗ったりと親交が深い。(右)草野通朗●畑岡選手の母の勤務先である宍戸ヒルズカントリークラブの総支配人。小学生の頃から畑岡選手がゴルフに親しむ姿を目の当たりにしてきた。

「お父さんは学生時代、走り高跳びの選手で、彼女を陸上競技の選手にしたかったようです。お母さんは元バレーボール部でゴルフも得意。ドライバーショットで220ヤードは飛ばす腕前です。時に奈紗ちゃんのキャディーも務めますが、プレー中は後ろでニコニコ見守るだけ。決してスパルタ指導ではありません。奈紗ちゃんが小さい頃はピクニックみたいな感じでお母さんと一緒に来て、いつもニコニコしながら、ボールを遠くへ飛ばそうと頑張っていた。とにかく楽しそうにゴルフをしていた印象がありますね」

そんな畑岡が、本格的にゴルフの試合に出場し始めたのは11歳の頃。約2年後には「茨城県ジュニアオープンゴルフ選手権」で優勝する腕前にまで成長する。また、小学校時代は地元の野球チームで活躍し、笠間市立岩間中学校では陸上部に所属。200メートル走で県大会7位という俊足の持ち主だった。地元野球チームで監督を務めた浅見英次は、当時をこう振り返る。

「小学校の地区対抗リレーで、観客の度肝を抜く走りを見せる女の子がいたんです。それが奈紗でした。その運動センスを眠らせておいてはもったいないと野球チームへの入部を勧めたんです。野球の実力はもちろんですが、夏場の試合で、守備を終えてベンチに戻ってきたチームメートに、率先して冷たいおしぼりを配るような、細かな気配りが印象に残っています」

そして12年、畑岡が中学2年のとき、日本ゴルフ界のレジェンド・中嶋常幸が主宰する「ヒルズゴルフ トミーアカデミー」が開講した。同アカデミー創設の背景には、森ビル元会長の故・森稔と中嶋の「次世代の日本のゴルフ界を担う選手を育成したい」という共通の願いがある。対象となるのは小学校5年生から高校2年生の男女。2年に1度実施される選考テストに合格した者だけがアカデミー生となることができる。

畑岡は、その第1期生として応募した。6月に実施された先行テストには全国から96名の選手が参加。厳しい選考の結果、24名の中高生が第1期生に選出。畑岡もその一員となったのだ。