写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz

形だけ、教育熱心な母親たち

経営者家庭の最大の特徴は、父親が忙しく、家にほとんどいないことだ。そして、もうひとつの大きな特徴は、母親が専業主婦で、教育熱心ではあるが形だけということ。以前、私が指導したAくんの家庭がそうだった。

エレベーターまである豪邸に住むAくんの子供部屋には、巨大な本棚があった。そこには、書店のようにズラリと参考書が並んでいる。ありがたいことに、私の著書もすべて揃っていた。母親がどれだけ参考書や問題集を買ってきても、Aくんの学力は伸びずにいた。

母親は、「うちの子の成績が上がらないのは塾のせい」と転塾を繰り返させたり、「こんな問題もできないの!」と荒い言葉で子供を罵ったりと、心の不安定さを露呈していた。父親不在で、子育てを任されたというプレッシャーから来ているのだろう。教材を買い漁って、自分の不安をかき消していた。

私は、まず母親を「デトックス」しなければいけないと思った。

母親が変われば、子供は変わる

私は、母親を言葉で労うことから始めた。「お母さんはいつも頑張っていますね」「こういうところに気づけるなんて、すごいですね」と、何度も繰り返すうち、母親の表情に変化があった。その変化をすかさずキャッチし、今なら私のアドバイスに耳を傾けてくれるだろうと思い、こう言った。

「学習には、何をやらせるのかとどのようにやらせるのかの2つの要素があります。Aくんにはやるべきことは十分すぎるほど残されています。でも、当の本人は勉強に対してやる気が起こらず、その時間が苦痛だと思っている。このような状態では、成績は伸びませんよ。まずは、Aくんの気持ちを勉強に向かわせることです。勉強は楽しくなければ続きません。お母さんにとっては『こんな問題はできて当たり前』でも、少しでもできるようになったら、大げさに褒めてあげてみましょうか」

母親は半信半疑の様子だったが、「はい」と言ってうなずいた。

しばらくして、子供に変化が現れてきた。母親の言動や表情の変化に過敏だった子供に余裕が見え始めたのだ。授業のたびに、子供によい兆候が見て取れた。授業で教える内容を、次の塾の模試での点数アップに絞った効果もあり、Aくんの成績は少しずつ上がっていった。母親から私にアドバイスを求めてくるようにもなった。

母親の気持ちが落ち着いただけで、Aくんには大きな変化が現れた。もしこの親子に第三者が介入していなければ、Aくんの中学受験は不本意な結果になっていただろう。