このときに必ず問題として浮上するのが、児童相談所や関係諸機関の「行動基準」である。児童相談所や関係諸機関は、日々、児童虐待事案に対応している。児童相談所の担当者は、一人で100件以上の案件を抱えている場合もある。担当者の負担を減らすために、児童相談所の職員を増やすなどの強化策も有効であることは間違いないし、実際、限られた予算の中で、各都道府県はできる範囲で相談所の体制強化に取り組んでいる。

ただし職員がどれだけ増えようとも、「行動基準」が正しいものでないと、組織は正しい行動をとることができない。

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どのタイミングで子供を親から引き離すか? 現場の悩みは深い

繰り返しになるが、児童虐待に対応する上で最も重要なものは、行政組織や警察組織が動くための行動基準である。どのような兆候があるときにはどのような対応をすべきなのか。この基準の定め方の巧拙が全てを決すると言っても過言ではない。警察組織もこの行動基準を遵守することになる。

児童虐待案件の全件が警察に知らされても、警察組織としてどのような案件の場合にはどのような行動をとるべきかが明確でなければ、結局は放置されてしまう。しかも全案件の情報共有となれば、優先順位付けが絶対に必要である。全案件、警察による毎日のパトロールは不可能なのだから。

大災害が生じた時の医療対応で重要なことは「トリアージ」であり、防災訓練では、これを徹底的に訓練する。多数の負傷者を、症状の状況によって分類、優先順位を付けて、各医療セクションが役割分担をしっかりと行って対応するというものだ。必要なところに必要な医療資源を投下できるようにするために、負傷者を分類し、優先順を付け、各医療セクションが自分たちの担当患者についての情報をしっかりと把握する。このような前捌きがなく、各医療セクションが全患者の情報を共有するということは、医療現場を大混乱に陥らせるだけだ。

虐待対応においても、単純な全案件の情報共有は混乱を招く可能性がある。警察組織にとっては、この案件は絶対に毎日のパトロールが必要であると認識できる基準や、親や子供にちょっとでも不審な兆候が見られれば、親の逮捕に踏み切ることができるような行動基準が必要である。

子供を親から引き離す一時保護を積極的に活用すべきだという意見は、悲惨な児童虐待事件が発生した直後には必ず強く主張される。子供が命を奪われる前に、もっと早く親から引き離すべきであったと。

そのような意見は正論である。しかし現場の実務からすると、子供を親から引き離すには最後の踏ん切りが必要になる。現場は毎日悩んでいる。

子供を親から引き離すことが全てを解決するものではない。ほとんどの親は引き離しを拒絶する。一時保護は、それを無理矢理引き離すのである。またその子供を一時保護しても、その後どのようにして養育するのか。受け入れ施設は十分か、里親制度は十分か、その点の問題もある。

誰の目から見ても分かるような典型的な酷い虐待事案の場合には、一時保護の判断もやり易いが、実際は、悩みぬく事案の方が多い。そして悩みぬいているうちに、悲惨な結果となる場合もある。ゆえに一時保護の判断を下すための基準(行動基準)が重要になる。そしてそのような基準は、日々のケースを基に、不断の見直しをしながら作っていくしかない。さらに児童相談所内の専門家の感覚のみならず、外部の第三者の視点・感覚でチェックしてもらう必要があることも行動基準と同じである。

今、各児童相談所が、適切な一時保護の基準を持っているのか定かではない。きちんとした一時保護基準が策定されていない場合も多いし、各児童相談所内で閉ざされている場合もある。この点の検証が必要だ。

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どのような事案のときに、パトロールをするのか。そしてパトロールの頻度は、事案のどこに着目して決めていくのか。警察が具体的な行動を起こせなくても、どのようなときには児童相談所にきちんと報告すべきなのか。最後、どのような兆候があれば、保護者の任意取調べや逮捕を始めとする刑事手続きに踏み切るのか。

このような基準がないまま、警察が虐待事案の情報を全て共有しても、適切な行動は生まれない。むしろ、優先順位付けが行われず、必要な案件に対して、必要な警察力が投入されない危険性が生じる。

今、全案件情報共有している県は、行政にも警察にも、きちんとした行動基準が存在するのだろうか。これから全案件情報共有をする県は、まずは行動基準を確立することが先決である。

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※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.109(6月26日配信)を一部抜粋し、加筆修正したものです。もっと読みたい方はメールマガジンで! 今号は《【目黒虐待死事件】それですべて解決か? 警察との「全件情報共有」の罠》特集です!