喫茶店開業を夢見るもギャンブルはやめられず
元ホテルマンのホームレス高木源太さん(仮名)

母子家庭だったので、子どものころからお金に苦労したくないという思いが強かったです。そのため、中学卒業後すぐに働き出しました。最初に始めたのは当時の新高輪プリンスホテルのレストランのウエーターです。当時は外国人タレントが泊まる定番ホテルで、スペイン出身の歌手フリオ・イグレシアスもよく来ました。8万円のディナーショーをしていました。

お客様から接客はかなり評価してもらいました。私は後に派遣社員になり複数のホテルを掛け持ちしたのですが、人気女優の三田佳子さんは別のホテルで私に会うと「あら、高木さんじゃないの」と顔を覚えてくれていました。嬉しかったですね。当時30代前半でしたが、最高で月54万円稼ぎました。

怒られるとカッとなるクセがあった

将来は喫茶店をやりたいという夢がありました。そのため、イロハを学ぶ目的で喫茶店でアルバイトしました。コロンビアとベトナムの豆の違いやコーヒーの落とし方、セールスポイントを叩き込まれました。しかし、日銭は必要です。そのためどうしてもホテルの仕事がメインで、あまり時間を割けませんでした。また、息抜きにしていたギャンブルがやめられずなかなか開業資金が貯まらなかった。

また、私は仕事中にミスをしたときに上司に怒られるとカッとなるクセがあり、それで喧嘩することも少なくありませんでした。そういう人間関係が嫌なので正社員にはなりたくないという思いがずっとありましたね。

いろいろなホテルでトラブルを起こしたせいもあり、信用がなくなってドロップアウトするようにフェードアウトしました。喫茶店を開きたかったのですが、ギャンブルがやめられず金はない。仕事をしてないものだから親との関係も険悪になっていきました。