ノロマな理性が発達できた理由

ノロマな亀である理性は、周囲のさまざまな事物や制度を活用しながら、合理的な思考を発達させてきた。パソコンやスマホ、手帳、筆記用具といった目に見えるモノばかりでなく、法制度や市場システム、企業のなかのルールなどもまた、「拡張された心」の一部なのだ。

とはいえ、このことは理性が万能だということを意味しない。心が環境にまではみ出しているとすれば、環境次第では、理性が逆に働きづらくなることも当然ありえる。

たとえば、あまりに騒々しい部屋では物事をじっくり考えることはできないし、この連載でも繰り返し触れてきたように、場の空気が支配する集団では道理はひっこんでしまう。最近、世間をにぎわせている日大アメフト部の問題は、その典型だろう。哲学者ジョセフ・ヒースがいうように「環境によっては当然、効果的な問題解決に資するものもあれば、そうでないものもある」のだ。

だとすると私たちは、「閉じられた心」という先入観から離れて、現代の社会環境までひっくるめて、「拡張された心」のゆくえを考えていかなければならない。はたして私たちが暮らしている現代社会は、理性が働きやすいのか。それとも理性を衰退させるような環境を生み出してしまっているのか。次回は、この問題について考えることにしよう。