「歴史的な瞬間」とも評される史上初の米朝首脳会談。ドナルド・トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は、お互いに「土下座」を繰り返し、実現にこぎつけた。だがその結果は日本にとって不利でしかない。米朝会談の結果が出る前に、早稲田大学招聘研究員の渡瀬裕哉氏がプレジデント誌に寄稿した分析記事を、特別にお届けしよう――。

※本稿は、雑誌「プレジデント」(2018年6月11日発売号)の掲載記事を再編集したものです。

なぜトランプは「首脳会談キャンセル」の賭けに出たのか

ドナルド・トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長による米朝首脳会談という北朝鮮にとって長年の悲願となる会談が実現する運びとなった。トランプと金正恩の両者は2018年5月に北朝鮮で拘束されていた米国人の人質解放などを経て急速に距離を縮めていたが、北朝鮮高官による相次ぐトランプ政権幹部などに対する批判を受けて、トランプが書簡で首脳会談キャンセルを伝える事態に至った。

しかし、トランプが書簡を送付した翌日、北朝鮮高官は「トランプ大統領の努力を内心では高く評価してきた」「米朝首脳会談は切実に必要」という事実上の土下座宣言を含む談話を発表。金正恩による委任を受けて公表されたものと考えられており、外務次官ら部下の発言は自らの本意ではないと念を入れて強調するものであった。この金正恩の応答を受けて、トランプは一転して態度を軟化させて北朝鮮の訪米団の受け入れを表明、異例の好待遇を見せた。

見事な“土下座”を見せた金正恩氏。核実験場爆破で国内政局上、引き返せなくなった。(時事通信フォト=写真)

一連のやり取りの背景には米国を取り巻く国際環境の変化が存在している。

中東と東アジアはコインの裏表

トランプはイランとの核合意からの離脱に5月8日に踏み切っている。これは与党である共和党や同党支持組織からの強烈な要求に応えたものであり、マイク・ポンペオ国務長官、ジョン・ボルトン大統領補佐官ら主要閣僚が主導する政策でもある。

一部に北朝鮮に対する強硬なメッセージとして機能するという主張もあったが、長年の国防費抑制に苦しんできた米国には世界の二正面で軍事力を行使する余裕はなく、このメッセージは北朝鮮と中国に誤ったメッセージを送ったものと推量される。

中国の習近平国家主席と金正恩は離脱報道とほぼ同日に中国・大連で緊急会談を行い、その後北朝鮮は米国に不遜な態度を取り始めていた。さらに21日にポンペオが核保有に至っていないイランに対して同国が受け入れ困難な12カ条要求を突き付けたことを横目に、北朝鮮は24日に核保有国である自らの立場を強調するためにペンス副大統領を「愚か」と非難し、「核による最終決戦」を強調する発言を行った。米国にとって中東と東アジアは密接にリンクしたコインの裏表の関係なのだ。