危険タックルを命じられた選手のことを、A氏はどう見ているのか。

「アメフトをやるために日大に来て、3年生というこれから一番いい時期に、試合に出られなくするぞと上から言われたら、何を命じられても断れる状況ではなかったでしょう。言うことを聞かずに退部ということになれば、スポーツ推薦の学生の場合は十中八九大学を辞めることになりますし、出身高校の指導者や後輩、親にも迷惑がかかる。そういう状況があるなかで、あの会見を開いたというのは、大変な勇気があったと思います」

「今こそ変わらなければ」

自分が所属した部については、胸を張って素晴らしかったと言えるというA氏だが、日本大学という大学に対しての評価には口を濁す。施設や練習環境はすばらしいし、授業や単位の融通も含め、スポーツで頑張る学生が大事にされているという実感はあった。一方で、今回の事件の事後処理にも現れた保体審事務局や大学本部の古い体質は、「もう今の社会には通用しない」と手厳しい。「自分の部の監督は心の底から信頼していたけれど、あの人たちを信頼したことはありません」

今回の危険タックルの一件が、公になってよかったとA氏は言う。「同じようなことは過去にもあって、それをうやむやに処理してきたんでしょう。こういう機会がないと絶対に変わらないし、今こそ変わらなければいけないと思います」