人間関係はオセロのように白黒きっぱり決まっていない

――父親=悪人と捉えていたのは、いつ頃からですか?

「面白小悪人」だったのが「ガチ悪人」と感じてしまうようになったのは、母が亡くなった後ですね。

ですが、振り返ってみれば、子供時代から成人するまで、私はお金のことで一切苦労したことはありませんし、それどころか、人より豊かな経験をさせてもらいました。そして「娘だから」と私を縛るようなことも、一度もされませんでした。「小悪人」など言いましたけど、非常に感謝はしています。

ジェーン・スー『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮社)

人間関係はみんなグラデーションで、オセロのように白黒きっぱり決まっていませんよね。現実の生活は勧善懲悪とはいかない。そんな感じです。

――お父様の賃貸マンションの家賃1年分を払い、この本の連載時の原稿料もお父様に渡し、とても良い娘さんです。

単純に、お金がないような顔をしている老人を見ると、私の気分が良くないんですよ。いまなら多少は援助できるから、と思って。で、向こうも多分、それはわかってるんです。なんとなくお金がない雰囲気を匂わせるとこいつは嫌がるから、匂わせると定期的に得るものがあるって。

愛嬌がある人はそれで通用してしまう

でも、やっぱり父と私は似てるんですよねー。父親が子供の頃の私にしたのと同じで、「自分の時間を割いて一緒に過ごしてあげる」よりも「とりあえずお金を渡す」なんです、私のやり方も。私も自分が一番大事なたちなので、同じだなー、わー似てるって思います。稼げなくなったらどうするんだとも思いますが。

――今ではすっかりスーさんに甘え、言うことをよく聞くお父様のようですが。

全然、そんなことはないですよ。でも聞かなきゃいけない状況の場合はちゃんと聞いてくれますね。娘に大事にされていると認識できると、言われたことを守ってくれます。そうでない時は、言ってもしらっと無視します。愛嬌がある人はそれで通用しちゃうんですよね。