不祥事への過剰反応が外部トップを招く

以上のメリットは、場合によっては欠点にもなる。トップが内部者の論理を理解しないために、組織体を支える重要な制度や慣行を破壊してしまう可能性がある。また、内部者が選ばれた場合には、内部メンバーは、自分たちの代表を支えようという気持ちが生み出されるが、外部者を起用した場合にはそのような気持ちを引き出すのは難しい。外部者の人となりについて事前に知ることが難しいために、適切でない人物が選ばれてしまうリスクも大きい。

これらの欠点を考えれば、外部者をトップに選ぶという選択は大きなリスクを持っていると考えるべきである。実際に、外部者を起用して立ち直る企業もあれば、元気をなくしてしまう企業も少なくない。日本だけではない。アメリカでも外部者をトップに持ってくることによって迷走する企業が少なくないこと、また、そうなってしまう理由も理論的に説明できることをクラーナ教授は、その著書『カリスマ幻想』で報告している

相撲協会の場合は、外部者をトップに選ぶことのリスクがとりわけ大きいと思われる。相撲協会は、企業や官庁組織とは異なるユニークな組織を持っているからである。相撲は個人競技であるのに、一種のチーム(部屋)制度をとっている。部屋は、一般企業の人事部や研修部に当たる存在である。一般企業と違って、人事部兼研修部である部屋が多数存在して、人材育成に関して互いに競い合っている。部屋は、優れた人材を発掘し、鍛錬・育成するという仕事をしている。部屋の間に競争があるだけでなく、部屋の中でも競争がある。部屋の親方は弟子をどの程度まで強くできたかによって報いられるという仕組みになっている。相撲の部屋制度は、宮大工の組、花街の置き屋、地場産地の工房と同じく、集団間、集団内の二重の競争で人材を育成するという日本的システムだ。不祥事を防ぐという目的で理事会の統制を強化すると、この分権的な人材育成がうまく進まなくなるというリスクがある。

このようなリスクがあるにもかかわらず、外部からトップを招聘せよという声が強くなってしまうのは、不祥事への過剰反応である。不祥事が起こると、内部メンバーへの外部からの不信が強まる。直接的な責任はなくても、内部者は消極的な共犯者と見られてしまう。だから、外部からトップを選べということになってしまうのである。外部からの招聘にリスクがあっても、それが、不祥事を起こした組織への罰則と見られることすらある。そのようにして外部からトップを招くことのリスクを考えずに悪いことが起こらない制度をつくることが、ガバナンス改革の焦点となってしまうのである。実際に組織体がよい経営をしていても新聞の記事になることはないが、不祥事が起こると記事になり、多くの人々の注目を集めてしまう。その結果、不祥事を再発させないということがガバナンス改革の目的になり、よい経営をするという本来の目的は忘れられてしまう。残念なことに、悪いことを防ぐ制度は、よいことも起こらなくしてしまうリスクがあるのである。