2014年度の富士フイルムの計画では、デジカメの販売計画台数は前期比57%減の200万台に絞り込まれた一方で、インスタントカメラのチェキは、同30%増の300万台に設定され、その後350万台に引き上げられた。チェキと専用フィルムの販売は欧米でも大きく伸長しており、2015年度には年間のグローバル販売台数が500万台を突破し、イメージングソリューション部門の営業利益は、前年度比55.5%増の322億円となった。

アナログ製品のリポジショニング

デジタル時代のなかにあった、“アナログ”なインスタントカメラが、再びヒットしている現象をどのように説明できるだろうか。注目したのは、チェキという製品の価値が時代のコンテクストの変化のなかで、うまく「リポジショニング」されていることである。

製品の価値は、「便益の束」としてとらえることができる。以前のインスタントカメラの中心的な便益が、デジタルカメラによってより高度に満たされるようになっても、それ以外の便益を見いだし、訴求することによって、インスタントカメラを再び成長期に向かわせることは不可能ではない。こうした価値の見いだし方は、「リポジショニング」と呼ばれる。

写真=iStock.com/martin-dm

フィルムカメラしかなかった時代には、インスタントカメラの最大の特徴は、撮影現場で現像でき、すぐに写真を確認できる点にあった。しかし、デジタルカメラが登場すると、こうした機能は、液晶画面で画像をすぐに確認できるデジタルカメラによって置き換えられてしまった。

とはいえ、その場でデータではなく紙の写真を仲間と共有できる、余白にコメントを書き込めるといった特徴は、チェキならではのものとして残りつづけた。現在のチェキは、誕生日や結婚式などのパーティーやイベントで活用されているほか、富士フイルムの公式サイトでは、「余白に一言を書いてメッセージカードとして活用する」、「デコレーションしたチェキを本のしおりにする」、「しまってある靴の箱に、その中身を写したチェキを貼って整理」といった多様な用途を紹介している。

さらにチェキの再ヒットの要因としてしばしば指摘されるのが、フィルム写真ならではの風合いや、何度も撮り直しができないことなど、“アナログ”であるインスタントカメラの制約ともいえる特性が価値として評価された点である。現在のチェキの主要な購買層である10~20代の若者にとっては、写真といえばデジカメやスマホの液晶画面で見ることが当たり前であり、簡単に共有やコピーができるものと考える世代である。

そうしたユーザーにとっては、「紙の写真をその場で手に取って見ることができる」「現像されるまで仕上がりがわからない」「焼き増しができない」といったインスタントカメラの特性が、たったひとつだけの写真という特別感をともなうものとして、新鮮に受け止められたことが、再ヒットを支えている。

同様に、デジタルの時代になってアナログであることの魅力が見直され、消費傾向にも影響を与えている市場は、他にも複数存在する。たとえば、(社)日本レコード協会によれば、2009年には10万2000枚にまで落ち込んだアナログレコードの生産数量は、2015年には66万2000枚にまで回復している。

また、パソコンやスマートフォンが普及し、手書きで文字を書く機会は減少しているにもかかわらず、筆記具の売上げは堅調に推移していることも、近い事象として見ることができる。パイロットコーポレーションが小学生から万年筆に慣れ親しんでもらおうと発売した、万年筆の新ブランド「カクノ」は、使いやすさと1050円という手ごろな価格が大人からも支持を集め、初年度の販売目標15万本に対して4倍以上の売れ行きを記録した。