私の趣味は街歩きと料理なのですが、これもマーケットのプロになるために必要な訓練なのかもしれません。歩きながら、食べながら、料理を作りながら、お客様と同化することができる。

社長になって、現場との距離が物理的に離れてしまいました。社長に求められる能力とは、前線で働く営業マンの特異な意見を察知することだと感じています。もちろん、言うのは非常に簡単ですが、実行が難しい(笑)。

しかし、物事の先端から発せられるサインを読み取ること、感じること。これはマーケットの用語で「リーディング・エッジ」と呼ばれているもので、商品開発、営業を問わず、一番大事なことです。

客が“思わず買ってしまう”3カ条
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客が“思わず買ってしまう”3カ条

最後に、デフレ経済、PB市場のお話をしましょう。消費者の低価格志向に応じるようにコモディティ(一般に普及している)商品がPB化され、多くの食品、飲料メーカーが苦戦しています。これも消費者の気持ちになって、対抗策を考えていくつもりです。

まずは、科学技術を活かす方法があります。「ピュアセレクト ローカロリーコクうま」は、従来のマヨネーズに比べてカロリーが55%カットされています。先進国に特徴的な健康志向を考えての開発です。マヨネーズの成分は油が7割、あとは卵とお酢です。そこで舌で感じる外側の部分が油で、中身は水にする技術を開発し、味わいをそのままにカロリーを半分以下にしました。このような技術力によって、PB商品にはない特徴的な商品を作ってしまうのです。

また、一口に消費者の低価格志向といっても、とにかく安ければいい、という人と買いやすい単価で買いたいという人がいることを分けて考えなくてはなりません。

前者であれば、弊社製品の「だし」がいい例です。鍋物にも味噌汁にも炒めものにも使える。応用ができる商品であれば、単純に価格を比較して主婦は買いません。むしろ、無駄にならないという意味でお買い得な商品開発をしていくのがいいでしょう。

後者であれば、今般発売したクノールカップスープのように、中身はおいしくしつつ、箱に4つ入っていた袋を3つにして販売価格を安くすればよいのです。

これまで述べたことは、家庭の奥様はすでにご存じの事柄かもしれません。男性はそんなことに無頓着な人が多くて、カップの底にスープの粉末が溶けていなくても気にもしないでしょう。ですから、私たちの仕事は、女性からは感謝されることがあっても男性からは関心すらもってくれないのですよ(笑)。

味の素では、消費者からの苦情やクレームを社内で共有化するシステムの導入を進めている。「美しく飾りつけたいので(マヨネーズの)絞り口をもっと細くして」などの要望が早速寄せられ、新製品の開発につながっている。

(原 英次郎=構成 的野弘路=撮影)