討論番組を例にしてみましょう。ネットを日常的に利用している視聴者であれば、討論テーマに関連する統計データや調査結果などはネットで事前に調べられます。視聴者が事前にネットで情報を入手しているという前提で番組を作ることができれば、討論番組をより深く、濃い内容のものにできるはずです。ところが、ネット上で得られる情報とは切り離されている視聴者に向けて番組を作らなくてはならないため、討論は常に初歩段階からスタートさせなくてはならず、深い議論にまで展開させることはできません。

ネットを使わない60代、70代の人たちは、平均寿命からするとあと20年くらいは健在だと思われます。したがって、テレビはこれからも彼らを意識したコンテンツづくりを続けなくてはならないでしょう。

「敵対」から「共存」への移行

『誰がテレビを殺すのか』(夏野 剛著・KADOKAWA刊)

ネットの存在が大きくなるにつれて、ネットの広告費が右肩上がりに増え続け、テレビの広告費が著しく減少するという傾向がしばらく続いてきました。ところが今、テレビの広告費は年間1兆7000億円ほどで下げ止まり、均衡状態を保っています。

ネットの広告費に関して言うと、現在1兆円超の規模にまで膨れ上がり、すでにテレビの広告費に次ぐ規模になっていますが、それよりもテレビの広告費の減少に歯止めがかかった点に注目すべきです。苦境に立たされていたテレビ業界ですが、ここに来てようやく一息つける安定的なポジションを確保できたのかもしれません。

今から10年ほど前、テレビ関係者はネットに対してものすごい警戒感を抱いていました。特にYouTubeやニコニコ動画に向ける敵対心は強く、テレビで放送された番組がアップされるのを必死で阻止したり、訴訟を起こすなど、過敏な姿勢を見せていたのです。ところが今や、そうした態度はすっかり消えうせてしまいました。それどころか、むしろ積極的にネットを利用して番組を作るようになっているのです。この共存関係はここ10年でより明確になっています。

私が、ニコニコ動画を運営するドワンゴの取締役に就任したのは2008年です。就任後に私が始めたのは、在京キー局に向けてニコニコチャンネル上に公式チャンネルを作ってくれるようにお願いすることでした。すると、まずはフジテレビとNHKがチャンネルを作ってくれ、他のキー局もあとに続いてくれました。潮目が変わったのは、ちょうどこのころだったのかもしれません。それ以降、ネットとテレビの共存関係は続いています。

テレビ側がさらに生き残りをかけるのであれば、今以上に踏み込んだ決断をし、お互いにウィンウィンとなる関係をネット側と築く努力をする必要があります。その動きの一つはテレビ朝日が踏み切ったAbemaTVでしょう。テレビと同じようなクオリティとコストをかけたネット、あえて言えばスマホ専用テレビ。それをキー局であるテレビ朝日がネット企業であるサイバーエージェントと率先して作っていく、という構図は放送業界を震撼(しんかん)させました。