多くの企業の本音は兼業・副業の推進に慎重

もっとも、現状ではそうした動きはほぼ見られず、大半の企業は副業そのものに慎重であるのが実情だ。上のリクルートキャリアの調査でも、8割近くが禁止と答えているし、経団連も「旗を振って推進する立場ではない」(※3)と、慎重姿勢を示している。こうした背景には、基本的には副業が本業にとって悪影響を及ぼすことへの懸念がある。

副業を持つことで、時間的にも心理的にも企業へのコミットメントが低下して、本業がおろそかになることへの危惧がある。加えて、秘密漏えいや競業行為となることで会社に損害を与えることへの心配もあろう。さらに、このところ企業が従業員の労働時間や健康維持の管理を厳しく問われるなか、副業が長時間労働や過重労働を助長することを懸念している面もある。

社員としても、安易な副業はリスクが大きい。副業が解禁されたとしても、社員として(1)本業専念義務(職務専念義務)、(2)秘密保持義務、(3)競業避止義務を順守する必要があり、これに違反すれば、解雇を含む懲罰の対象になりうる。

さらに、本業プラスアルファでの仕事が増えるため、どうしても拘束時間が長くなり、過重労働になりやすいことも十分に認識しておく必要がある。とくにフリーランス(雇われない事業主としての立場)として副業を行う場合は、副業に費やす時間は労働基準法が対象とする労働時間には当てはまらず、基本的に自己責任で管理をするしかなくなる。さらに、副業のために大けがをし、本業も休まざるを得なくなっても、あくまで副業の賃金を算定基礎として補償がなされるだけである(※4)

(※3)2017年12月18日、記者会見における経団連・榊原定征会長発言
(※4)新井太一「副業・兼業を許可する際の実務対応ポイント」『労政時報』第3943号(2017年12月22日)

企業・個人双方にとって望ましい副業とは

以上のように、副業・兼業にはさまざまな課題があるのが実情であり、安易な推進は禁物だ。しかし、それは法律上そもそも否定できるものではないし、実は適切な形で普及すれば企業と個人の双方に恩恵をもたらすものである。そのためのキーワードは「個人の成長+本業への貢献」である。

そもそも成功したキャリアを築くには、「一皮むけた経験」(※5)が重要であり、それには「目の前の仕事に必死になる」――つまり本業に打ち込むことが最も近道である。副業も、本業で得た知見をもとに書籍を書いたり、講演を引き受けたりするといったものが理想型である。それは本業の在り方を改めて振り返る良い機会になり、外部との人脈も広がる。結果、多角的な見方ができるようになり、本業の能力を一層発展させることに貢献する。そのほか、例えば、広報関係の仕事を本業とする人が、自力で学習したウェブデザインの技能をクラウドソーシング(ネット経由の業務請負)で副業として磨き、将来の本業の幅を広げるというケースも考えられる。

そうした「個人の成長+本業への貢献」につながる副業は、働き手を真の「プロフェッショナル」に鍛え、「キャリア自律」を可能にする。企業が役割・成果型の人材マネジメント(※6)を行うことで、従業員のプロフェッショナリティーは一層磨かれ、企業と個人の関係は支配従属による「パターナリズム」型から、相互信頼に基づく「パートナーシップ型」に進化する。つまり、副業は上手く活用することで、企業競争力の強化と個人の成長の両立をもたらすのである。

そうした段階では、「50歳代は賃金大幅カットだが副業を積極的に認める」(もっとも、真のプロフェッショナルであれば、本業の給与も大幅削減にはならず、副業を含めた年収は増えることになるだろう)としても、職場崩壊にはつながらない。プロフェッショナルとして、役割期待に応じた働きをしっかりこなすであろうし、そうしたキャリア形成の在り方は若い世代のロールモデルになり、彼らの成長と本業への貢献を促すことにもなるだろう。

(※5)金井壽宏『仕事で「一皮むける」』(2002、光文社新書)
(※6)より具体的には、従業員のエンプロイアビリティー(転職可能な能力)の開発に積極的に関わる一方、年功序列ではなく能力や成果に応じて処遇する人事管理の在り方。ただし、企業は組織能力を重視したマネジメントを行い、個人もチームワークの重要性を認識し、互いにウィン・ウィン関係を目指す組織風土を構築することが前提となる。

山田久(やまだ・ひさし)
日本総合研究所 主席研究員
1987年京都大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)入行。93年4月より日本総合研究所に出向。2011年、調査部長、チーフエコノミスト。2017年7月より現職。15年京都大学博士(経済学)。法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科兼任講師。主な著書に『失業なき雇用流動化』(慶應義塾大学出版会)
(写真=iStock.com)
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