貧しい移民家庭から実力で米軍のトップ(統合参謀本部議長)にまで上り詰め、政府の要職も歴任した伝説のリーダー、コリン・パウエル。ジョージ・W・ブッシュ政権下で国務長官に就任した直後、パウエルは大統領の初外遊に向けた重要なブリーフィングを、省の高官ではなく若手の実務担当者2人に任せることにした。国務省内は大騒ぎになったが、パウエルにはある「勝算」があった――。
米上院歳出委員会での証言を前に微笑む、国務長官当時のパウエル(2003年、写真=AFP/時事通信フォト)

※本稿は、コリン・パウエル/トニー・コルツ著、井口耕二訳『リーダーを目指す人の心得』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

「リハーサルもチェックもしない。彼らに任せた」

2001年にジョージ・W・ブッシュ政権が成立したあと、国務省では、初の海外訪問先にメキシコを選び、新しいメキシコ大統領、ビセンテ・フォックスと彼の牧場で会談していただく計画をたてた。話し合わなければならない重要案件は、移民や不法入国、麻薬、貿易などたくさん存在した。

その準備を進めるにあたり、私はブッシュ大統領に対し、「メキシコ関連の案件について概要説明をしたいので国務省まで足を運んでいただきたい」とお願いした。大統領就任後初の国務省訪問で、これが実現すれば部下もやる気が出るはずと思ったからだ。ブッシュ大統領は快諾してくださった。

翌朝、概要説明の進め方を国務省スタッフに説明。大統領への説明は、メキシコ担当の若い内勤スタッフ2名に任せた。内勤スタッフは実務で汗をかく若手外交局員であり、メキシコ国内でなにが起きているのかを一番よく知っているのは彼らだと思ったからだ。大統領が来られたら、私が彼らを紹介する。上席が口を開くこともないし、まして、次官補や次官補代理が口を開くことはない。スタッフが不安げに顔を見合わせたあと、おずおずと質問が出た。

「リハーサルはいつ行えばいいでしょうか」
「彼らが使うスライドはいつチェックされますか?」

「リハーサルはしない。スライドも見せる必要はない」――それが私の回答だった。

もともと私はスライドがきらいだ。パワーポイントなど使わないほうがいい。下級士官ふたりが大統領の向かいに座り、自分が知っていること、大統領が覚えて注意すべきことを話せばいいのだ。

心配はしていなかった。ふたりの担当者には会ったこともなかったし、彼らの名前も知らなかったが、当日までに用意を調えてくれると信じていたのだ。概要説明当日まで、ふたりは必死で働くはずだ。上司にも相談するだろうし、メキシコシティーの大使館にもいろいろと問い合わせるだろう。読めるかぎりの資料も読む。眠れない夜もあるかもしれない。いつもより大きなプレッシャーと興奮を感じるかもしれない。家族はきっと、そのニュースを親戚中に電話するだろう。