しかし、このプロジェクトは仕切りが悪かった。おおよそすべてが当初のもくろみ通りにはいかなかったため、現在は作戦を変更。リタイアしたシンガポール人や中華系移民を受け入れて人口と消費を増やし、マレーシア経済を少しでも活性化させることを目的とすることに変えたように見える。アジアでは人口を増やすことが手っ取り早く経済を活性化する切り札だと信じられている。それに沿ったリカバリ・プランだろう。

では、リタイアした移民をどのような仕組みで受け入れるのだろうか。移民に慣れない日本の読者には説明が必要だろう。実は、中国人の多くは、資金さえ許せば中国よりも空気がきれいで生活の質が高い、国外で老後を迎えたいと考えている。中国のアッパー・ミドル層では、超富裕層しか受け入れを許さないシンガポールには手が届かなかった。その点、マレーシアは地理的にも近く、予算感も手頃であり、彼らにとっては「手の届く」老後の移住先なのだ。

イスカンダル・プロジェクトは、当初に描いた青写真のような華々しい完成を迎えることはないだろう。開発規模は大幅に縮小されるに違いない。それでも、移民受け入れプロジェクトとして開発が進んでいる「フォレスト・シティ」のように、好景気のシンガポールや中国からあふれ出た、人や金を受け入れるという目的においては、一定の成功を収める可能性はあるだろう。

これらの国策プロジェクトのように、日本にも世界に向けて発信できる夢のある先進的なプロジェクトが必要だ。日本の過疎地にはドバイのような挑戦が必要なのだ。

日本の成功例、八郎潟プロジェクト

実は、日本でも昭和の時代には、過疎地発の画期的なプロジェクトが存在した。秋田県の八郎潟干拓は日本の産業史のなかでも面白いプロジェクトだ。教科書にも載っている通り、広大な湖を埋め立てて、田んぼを作り、あきたこまちの大規模生産工場にした。日本各地でほそぼそと行われている小規模な稲作は効率が悪い。広大な農耕地を大型機械でサクサクと耕作して、日本人の主食を効率良く大量生産しようというプロジェクトだ。

初期は、県外から入植者を募ったそうだ。というのも、八郎潟近辺にもとより住んでいた農家は、地盤の悪さを懸念してか、あまり興味を示さなかったらしい。筆者の空想にすぎないが、第1団が挫折したディストレスト(行き詰まったプロジェクトの経営権など)を安く拾った地元民もいたのではないか。昔から、情報の非対称性とディストレストは利益の源泉だ。