見過ごせば大学教育の低下に直結

日本大学の「雇い止め」を批判し、日本大学と団体交渉を行なっている首都圏大学非常勤講師組合の志田昇書記長は、「もし日本大学の行為が認められると、全国の大学に影響が及ぶ」と話す。

「日本大学の手法が許されたら、授業を外部業者に委託してコストカットを図る大学が続出するでしょう。そうなれば、多くの教員が職を失うとともに、大学教育の質が著しく低下する恐れがあります」

このままでは、特に経営が苦しい中堅私立大学を中心に、非常勤講師の「雇い止め」と授業の外部委託が広がる可能性があるのだ。

井上さんは日本大学で長く教えているため、キャンパスでは知り合いの生徒もたくさんいる。だが先日、大学から「キャンパス内の秩序を乱さないように」と警告を受けた。問題が大きくなることを大学が恐れたのかもしれない。井上さんは一部の授業を失うだけでなく、学生と自由に話す機会も奪われてしまったのだ。

真っ当な大学であってほしい

そうした状況に追い込まれても、なぜ自らの顔と名前を出して現状を訴えるのか。井上さんは「自分の母校でもあり、教員もしている大学が、おかしな方向に進むことを止めたい」と話す。

「日本大学には法学部がありますが、危機管理学部を卒業しても『法学士』の学位が授与されます。そのような学部が法律を破る行為をするのは教育的ではありません。まだ新しい学部ですが、危機管理学部の学生はみんないきいきとしています。英語の授業は毎週クラスの生徒たちと接するので、まるで中高の担任のような関係でした。ここで定年まで働けるものと思っていました。できることなら戻りたいですね」

筆者の取材に対して、日本大学広報課は「特にお答えできることはない」と話すのみ。一方で、文科省大学設置室は、「設置計画の変更について日本大学から報告書があがってきていないので、現時点ではコメントできない状態」と話している。

大学教育のために汗を流してきた人たちが、報われないままでいいのだろうか。いま良識が問われている。

田中圭太郎(たなか・けいたろう)
ジャーナリスト
1973年生まれ。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。大分放送を経て2016年4月からフリーランス。警察不祥事、労働問題、教育、政治、経済、パラリンピックなど幅広いテーマで執筆。
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