しかし、北朝鮮がソ連のような「合理的な判断」をする国家だとは限りません。北朝鮮のような「ならず者国家」でなくとも、歴史の中には「合理的な判断」を失い、破滅に向かって暴走した例がいくつもあります。わが国の戦前の軍部がコントロールを失い、無謀な戦争に突入していった当時の心理を考えれば、「合理的な判断」という前提がいかにもろいかということがわかります。

望まぬ戦争をもたらす「敵意のスパイラル」

冷戦時代の米ソの対立のような核戦力を媒介にしたものから、近代以前の通常兵力を媒介した対立まで、「抑止政策」は幅広く機能し、それなりの効果をあげてきました。一方で、ひとたび均衡が失われると、抑止効果がすぐに壊れてしまうことも、歴史が証明しています。

第1次世界大戦の勃発前、主要なヨーロッパ列強は「抑止政策」によって戦争を回避しようとしました。急速に台頭するドイツの脅威に恐怖を感じたロシアとフランスは、露仏同盟を結びます。さらに、ロシアは軍備を急速に増強し、フランスの資金援助で鉄道網も拡充させました。

ロシアもフランスも現実には戦争を望んでおらず、防御を固めようとしただけだったのですが、ドイツはこれを戦争の準備と捉えました。そして、1914年のサライェヴォ事件発生後、ロシアが防備のために動員した陸軍がドイツの猜疑心と恐怖心をかき立て、ドイツ軍によるロシアへの攻撃へとつながりました。

防備を固めることで他国の攻撃を抑止しようとしたものの、その意図とは裏腹に、かえって他国の攻撃を招いてしまった事例です。このような皮肉は「セキュリティー・ジレンマ」(1951年、国際政治学者ジョン・ハーツによる命名)と呼ばれます。

第1次世界大戦勃発前のドイツは、周辺の列強の動きによって、極度の心理的ストレスの中にありました。このようなストレスの中で、防御と攻撃を区別することなどできません。「抑止政策」は相手の不安と恐怖を増大させ、バランス感覚を失わせ、本来ならばあり得ないような極論へと導くこともあるのです。

国同士が相互に不安と恐怖をエスカレートさせていく状態を、アメリカの国際政治学者ロバート・ジャーヴィスは「敵意のスパイラル」と呼び、「抑止政策」が失敗する最大の理由であると指摘しました(※2)

「抑止政策」は、相手が「合理的な判断」をするという前提の上に成り立つものです。ジャーヴィスはこの「合理的な判断」が、「敵意のスパイラル」に陥っている国々にとっては確保し得ないものであり、その結果として危険なチキンゲームが双方に破滅をもたらすと、「抑止政策」を批判しました。