「日本人のお辞儀」が、戦略創造に影響する

戦略創造に関しては、2000年前後から、欧州の研究者を中心に、「Strategy as Practice(実践としての経営戦略、以下SaP)」という経営学の新しいアプローチが提示されています。

従来の米国型アプローチでは、新奇性や独自性といった戦略の内容が注目されてきました。それに対してSaPは、戦略の創造過程に、なかでも実践(プラクティス)との関係性に目を向けます。日々実践されている行動の中で、特に注目するのは慣習的な行動です。

よく例に挙げられるのが挨拶です。日本人はお辞儀をしますが、欧米では握手をします。また、中南米では頬にキスをします。私たちは普段、あまり意識しませんが、もし、同じ挨拶をしなければ、コミュニティとして成立しなくなってしまいます。

このようなプラクティスは、私たちが思っている以上にコミュニティを下支えしています。企業も同様で、このようなプラクティスの積み重ねが、戦略の創造に影響を与えているのではないか、という考え方です。

「ヒューリスティック」に注目する

そう考えると、掃除や整理整頓は、まさに日本人や日本企業が大切にしてきたプラクティスと言えます。SaPのアプローチを通じて、米国型とは違う、掃除を大切にしている企業ならではの戦略創造の過程の特徴が明らかにできるかもしれません。

例えば、米国型の企業では、戦略策定に関わるのは、経営者など少数の人々のため、戦略を速やかに決めることができ、短期間で大きな成功を収める可能性があるものの、彼らの交代によって会社の勢いが失われてしまう危険性も高まります。

それに対して、掃除を大切にする日本企業は、時代や状況の変化に応じて、従業員による掃除という手段を駆使しながら様々な経営課題を実際に乗り越えてきました。環境の変化に応じて、戦略も含め多様な目的や課題を柔軟に追求できる組織と言えます。

一方、問題解決の観点では、問題を発見するために何から始めるか、その癖である「ヒューリスティック」に注目する研究があります。ヒューリスティックは、より根源的な問題を発見して特定する、あるいは、難しい問題を解きやすい問題へと小さく分割するための手段と言えます。

例えば、困ったことが起きたときに、まずグーグルで検索してみる、あるいは占い師の意見を聞いてみるというのも一種のヒューリスティックです。企業にも、それぞれ独自のヒューリスティックがあるはずです。日本企業がこれまでの歴史の中で、その時々の経営課題を乗り越えてきたのも、掃除がヒューリスティックスとして機能してきたからだと言えるでしょう。

何か問題が起きたときに、全員で掃除をすることによって、解決のための何らかの手がかりが見えてくるのです。実際に、掃除を導入すると、その会社の本質的な課題が浮き彫りになるケースが多く見られます。今日のように環境変化が激しい時代こそ、掃除が有効なのかもしれません。

大森 信(おおもり・しん)
日本大学経済学部教授
神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(経営学)。東京国際大学商学部助教授などを経て現職。大阪商工会議所「掃除でおもてなし研究会」座長。著書に『掃除と経営─歴史と理論から「効用」を読み解く』などがある。
(構成=増田忠英 写真=時事通信フォト)
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