フロイトの絶望的人間観

「君たちがつくっているのは自動車の一部だが、具体的にはどの車種のどの部分に取り付け、どんな役割を果たす部品なのかわかっていますか?」

とある自動車部品メーカーで製造現場のコンサルティングを手がけたときのことである。そろいのツナギを来て現れた若手諸君は、私のこんな問いかけに「いや、それは……」といったきり言葉を濁してしまった。つまり、きちんと把握していなかったのである。

彼らは、ほんの一部分にすぎないとはいえ、時代の花形である乗用車の製造に携わっていた。本来ならば胸を張って、すらすらと答えるべきところだ。

にもかかわらず、明確な答えが出てこなかったということは、自分の仕事に「やらされ感」を抱いているということだ。単に与えられた仕事であり、賃金と交換に労働力を提供しているだけ、という発想である。

現場がそういう認識を抱くのは、経営者や管理層が彼らをきちんとモチベート(動機付け)していないからだ。これは非常に大きな問題である。

いったい自分はどのような仕事をしているのか。それは世の中にどう役立っているのか。それを経営者・管理層は部下に対してこんこんと教え込まなければならない。

「自分は世のため人のために役立つ仕事をしている」と自覚させることが必要なのだ。アメリカの心理学者A・H・マズローはそのことを教えている。

私は1970年代以来、マズローの理論と哲学を研究している。アメリカでの第一人者であるフランク・ゴーブルとも太平洋をはさんで共同研究を重ね、経営指導や著作などの形でマズローの理論・哲学をいかに応用するかに腐心してきた。

マズローの心理学には次のような特徴がある。

フロイトに始まる古典的心理学は、人間の持つ暗黒面=潜在意識に大きな意味を与えている。そこにおいては、人間とは「仮面をかぶった残酷な動物」にすぎず、潜在的な資質は終生変わることがない。同時代のダーウィン進化論やマルクス主義にも通じる、絶望的な人間観といっていい。

これに対して、マズローの心理学は、人間の持つプラスの側面=後天的な意思の力に光を当てる。そこでは「希望」と「動機付け」が重大な意味を持っている。