根本的な問題は、そもそもこの改革が何を目指したものなのかが忘れられてしまったことです。ゆとり教育は、PISAの点数を上げるためのものではありませんでした。子どもたちにかかるプレッシャーを軽減し、彼らの創造性や問題解決能力を伸ばすためのものだったはずです。

教育プログラムを機能させるには、政治的な見栄えだけで決めるのではなく、長期的な狙いをしっかりと持つことが必要です。シンガポールのように超エリート教育に邁進する国もあれば、フィンランドのように「遊び」を重視する国もあります。それらの国もカリキュラムをマイナーチェンジすることはありますが、方針自体を変えるわけではありません。そして、目標を達成するための手段を決めるにあたっては、政治家だけでなく専門家がしっかりと関わる必要があります。

試験で良い点数をとらせるだけが教育ではない

2000年と2012年に行った調査によれば、日本の子どもたちの学校に対する満足度は、この期間に世界のどの国より増加しています。そして問題解決のテストでは、日本の生徒は、PISAのトップだった上海をはじめ、ほかのほとんどの国よりまさっていました。私には、ゆとり教育が目指そうとしたことは、ちゃんと成し遂げられたように思えるのです。

子どもを賢くするだけが、教育の目的ではありません。教育はその後の人生に備えるための羅針盤です。過去に何があり、自分たちがどこから来たのかを知るためには、歴史を学ぶ必要があります。数学や科学の知識は、生活の中で活用することができます。語学を学ぶのは、他者と適切にコミュニケーションを取るためです。こうしたスキルは試験に合格するためだけではなく、生きるうえで重要なのです。

さらに言えば、子どもたちが良い人間、幸せな人間になるために、教育が必要です。失敗や挫折にどう向き合い、やる気をどのように保つのか。こうしたことを教えるのは、子どもたちがさまざまな問題を抱える昨今、決して簡単ではありません。それでもなお、教育は私たちの社会においてもっとも重要な営みです――すべてを良い方向に向かわせる力を秘めているのですから。

ルーシー・クレハン(Lucy Crehan)
教育研究者
オックスフォード大学で心理学と哲学を学ぶ。自閉症児の教育に1年間携わったのち、ロンドン・サウスウェストの中等学校で3年間教鞭を執る。ケンブリッジ大学で教育学の修士号を取得。その後、2年間にわたって世界を旅してまわり、各国の教育を実地調査した。帰国後、クラウドファンディングで資金を募り、調査の記録を『日本の15歳はなぜ学力が高いのか?』(2016)にまとめたほか、世界各国の教師の昇進コースに関する報告書をユネスコに提出した。イギリスのNPO団体「エデュケーション・ディベロップメント・トラスト」に所属。
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