具体的に自殺念慮を訴える患者さんを前にして

私自身は。自殺念慮のある患者さんの診療に際して、以下のようなことを心がけています。参考までに挙げてみます。

(1)あなたの患ったうつ病は死にたくなる病気であることを、繰り返し語りかけます。うつ病に巻き込まれ、理性を失った患者さんは、「うつ病が死のうと誘惑しているのだ」という判断ができなくなっています。できるだけ残った健康な心に訴えかけ、自殺念慮を客観視させる狙いです。

(2)何とかここ(診療室)まで自殺を実行せずにたどり着いたことへの支持を表明します。「よくここまで何とか来られました。さぞかしつらかったでしょう」と理解を示し「自殺を思いとどまるのにどうしたの?何がよかったの」と静かに語りかけます。するとそのおぞましい衝動に対する対処法も明らかにできることも多いようです。これは神田橋医師の受け売りでもあります。

(3)うつ病の治療の原則である「心(脳)の休養」の合意(休職・服薬や環境調整など)を取り付けます。そして「必ず治ること(自殺念慮の苦しみからは必ず解放されること)」を強く説明し、患者さんの手を握ることもあります。そのとき私は心の中で「死なないで!」と叫んでいます。

(4)診察(面接)の終わりに、妻など患者にとってのキーパーソンを同席させ、激しい自殺念慮に襲われた時の対応を話しあっておきます。主治医の連絡先や治療法としての入院という選択などについてです。

以上、35年の臨床経験から得た、わたしのやり方の一部です。ここで述べた(1)~(4)は、医師・患者間の「努力義務」とでもいえるでしょう。

これらはスタンダードというわけではありませんが、うつ病の患者さんには律義な性格の方が多いので、「約束」をすることは「心(脳)の休養」にとってよくないと考えています。「約束」を守ることに疲れ果ててしまうと、回復は遠のきます。

だから私はひたすら「死にたくなったら、急いで頼ってね」「もう一人で(うつと)戦わなくて、いいんだよ」と訴えかけることにしています。

次回は「うつ病の治療に関する矛盾(2)」をお送りしたいと思います。

原 富英(はら・とみひで)
国際医療福祉大学 福岡保健医療学部 精神医学教授
1952年佐賀県生まれ。九大法学部を卒業後、精神科医を志し久留米大学医学部を首席で卒業。九州大学病院神経科精神科で研修後、佐賀医科大学精神科助手・講師・その後佐賀県立病院好生館精神科部長を務め、2012年4月より現職。この間佐賀大学医学部臨床教授を併任。
(写真=iStock.com)
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