『イソップ童話』でも説かれている弊害

最近、どんどんメタボな体になってきた。もし肥満を解消するなら、適度な運動をしつつ、甘いものや高カロリーな食事を制限することが必要となる。しかし、目の前には大好物のケーキが置かれてしまっている。

「どれだけ太ってもかまわないから、私はケーキを食べる」

そう考えてケーキを食べてしまう人は、『なぜ仕事の早い人は酒や煙草にはまるのか』で紹介された時間割引率の高い人だ。スマートな体(将来的な利益)を犠牲にすると知りながら、ケーキ(目先の満足)を好んで選ぶタイプである。

しかし、次のように考えた人の場合は少々違ってくる。

「将来スマートになりたいから今日から甘いものを断つ計画を立てていたが、やっぱり今日だけはケーキを食べて、ダイエットは来月からにしよう」

最終的にケーキを取ったという結論は同じだが、このタイプはもともと目先の満足を見送って将来の利益の方をとりたいと思っていた点で違う。ただ、そのように計画を立ててもいざ決行日が近づいてくると、結局、目先の利益を優先してしまう。これは、「双曲割引」という性質が災いしているからだ。

この性質が強い人の場合、常に苦しい仕事を先送りする傾向が見られる。例えば、5年後に管理職に昇進したければ、それまでに必要な資格や昇進の準備をしなければならない。そこでとりあえずできそうな来週からの計画を立てるが、週末になると目の前の楽な雑用を口実にして、やっぱり来月からに。どうでもよい雑用ばかりが片付いて肝心の昇進試験は……。

こんなふうに、やるべきことがどんどん先延ばしされ、結局将来に描く自分と現実の自分が大きく乖離してしまう。いわば目先のことを考える自分と遠い将来を考える自分の間に対立が起こり、長期的な視点に立って積み上げられていくはずの計画が、時間の経過とともになし崩し的に反故にされる。単に目先のために将来を犠牲にするのではなく、その行動が長期的な「自分」の意に反して行われるのが双曲割引だ。双曲割引は自らの長期的な利益を損なうよからぬ事態を引き起こす。

イソップ童話の「金の卵を産むガチョウ」という物語は、まさにこの弊害を説いている。ある男が、毎朝金の卵を産むガチョウを飼っていて金持ちになる。しかしそのうち、欲を出した男はガチョウの中に金の塊があると思い、ガチョウの腹を裂く。しかしそこには何もなく、男は富を失う。古くから人は双曲割引が引き起こす弊害に気づいていたと思われる。

時間割引に関する実験から双曲割引という現象を発見したイスラエル・テンプル大学のジョージ・エインズリー教授は、こうした選択を「自滅的な選択」と呼んでいる。

時間割引の研究では、将来の価値がその時間的な遅れに応じて指数的に割り引かれると考えられていた。しかし、実験を重ねるうち、直近の価値のほうが、遠い将来の価値よりも割引率が高くなる現象が見られた。これをグラフで表すと双曲線になることから双曲割引と呼ばれる。

この概念を描いたのが、「エインズリーの木」である。遠く(将来)に見える高いビル(大きな目標)と木(近くの小さな満足)を比較すると、ビルのほうが大きく見える。しかし、すぐそばに行くほど、目の前の木がビルよりも大きく見えてしまう。