「黒田家伝来」で「安宅コレクション」なら銘品間違いなし

江戸時代に入ると、将軍や大名が、訪問儀礼の中に茶会を取り込む中で、座敷飾りの茶が復活する。室町時代の価値観が復活したのである。なにしろ、室町将軍家も、徳川将軍家もどちらも「幕府」を開いたのだから、利休が何と言おうと再び室町時代の在り方が是とされても無理はないとご理解いただきたい。

12億円で落札された「油滴天目茶碗」は、黒田家と安宅家の伝来とのことである。焼物好きであれば、黒田家の伝来とは52万3000石の福岡藩の歴代藩主の所蔵品。そして安宅家の伝来とは、安宅産業の二代目・安宅英一氏の残した「安宅コレクション」ではないかと考える。

安宅コレクションとは、英一氏が社業の傍ら心血を注いで集めた東洋陶磁のコレクションで、20数年間で70億円以上を費やしたと言われている。だが安宅産業は石油ショックの余波で経営破綻に追い込まれ、1977年に伊藤忠商事に吸収合併されている。コレクションの一部は大阪市に寄贈され、そのために建設された大阪市立東洋陶磁美術館に収蔵されている。

こうした経緯を踏まえれば、現物を見る前から「これは、とてつもなく素晴らしいものに違いない」と考えるのは不思議ではない。落札者は「ぜひとも手に入れたい」との思いが募ったのではないだろうか。

なぜ茶道の達人は、100円の茶碗で茶を点てないのか

「なぜ茶道の達人は、100円の茶碗で茶を点てないのか」と聞かれたことがある。これには「茶道の達人が茶を点てれば、その茶碗は100円では済まなくなる」と答えた。千利休は、新しく焼かせた茶碗を茶会に使用した。その値段は、従来の天目に比べれば、どうしようもなく安いものであっただろう。

しかし、千利休は、茶を点てるにふさわしい茶碗としてそれを提供したのである。大切なのは、値段ではなく、それは茶にふさわしいかどうかという視点なのである。

茶道をはじめるにあたって、必ずしも高価な茶碗を手に入れる必要はない。カフェオレ・カップでも、スープボウルでも、お茶が点てられるのであれば用は足りる。だが、それは客をもてなす道具として十分なのか。なぜあなたはカフェオレ・カップで茶を点てようと思ったのか。その点が問われることになる。

これを文化的な価値の尺度といっても良い。