ただ、変化の激しい時代だからこそ、自分の足元を見つめ直すことも忘れてはいけません。そこで私が何度も読み返しているのが、『タオ・マネジメント 老荘思想的経営論』(田口佳史著)。老子が説いた「宇宙の森羅万象の根源を成す法則=道(タオ)」とその実践について書かれた「老子道経上巻・徳経下巻」81章の読み下し文とともに、企業経営の理念や本質、人間の生き方を解説しています。

たとえば道経第八章「上善若水」では、水のように生きよ、と説いています。水は万物に潤いを与えますが、それでいて驕ることがありません。本来、企業や人もそうあるべきで、利益が出たからといって驕ってはいけない。こうした道徳の基本も、価値が多様化してそれが刻々と変化する社会では、つい見失いがちになります。悪い意味で時代に流されないためには原点に戻り、自分が拠って立つ軸を確かにすべきです。

そのとき役に立つのが古典ではないでしょうか。著者の田口先生とは月に1回、「書経」を読みこなす機会を持っていますが、混沌とした現代においては、古くから読み継がれてきた古典が、一筋の光明と勇気を与えてくれるはずです。

曖昧な存在である人間を理解する醍醐味

結局、最後は人間です。国も企業も、それを動かしているのは、中にいる「人」にほかなりません。そう考えると、やはり読書も人間というものを理解できるものがいい。その意味で私のバイブルとなっているのが『男の作法』(池波正太郎著)です。本書にはお蕎麦の食べ方から贈り物の選び方まで、さまざまな男の作法が収められていますが、根底に隠れているのは、いまを生きている人間の奥深さです。著者は「人間とか人生とかの味わいというものは、白か黒かではなく、理屈では決められない中間色にある」と書いていますが、私も同感です。ロボットは正しいか正しくないかというデジタルな思考しかできませんが、人間は好きだけど嫌い、嫌いだけど好きという曖昧な感情を持つものです。これがまさに人間の魅力であり、味わいだと思います。

弊社は事業ビジョン達成に向けて「つなぐ」というキーワードを掲げていますが、英語では、「connect」ではなく「bridge」と表現します。「connect」ではなんだか物理的すぎて味気ない。私たちが目指しているのは、人と人、心と心をつなぐお手伝いなのです。そのためにも、中間色である人間という存在をさらに深く理解したいと考えています。

(構成=小山唯史 撮影=大杉和広(人物)、小林久井(本))