裁判で戦わず「泣き寝入り」するしかなかった2つの理由

ひとつは、これは母のお金だったという事実である。

*写真はイメージです(写真=iStock.com/Nayomiee)

家族からみれば、明らかに騙されているのだが、母は騙されていたということを断固として認めない。また母は銀行役席(管理職)の差し出す書類に、要所要所でたしかに母自身がサインをしているのだ。自分のお金をどう運用しようとも、原則としては母の自由である。

そして、何より裁判に訴えても、勝つ保証はない。時間と金を浪費しながら、長期にわたり、高齢な母に自責の念を思い起こさせることにもなる。高齢で難病である母の晩年が、まるで家族から責められ続けているかのようになるのは避けたかった。

私は「まさか大手銀行が高齢者をだますようなことをするとは、それまで考えたこともなかった。母のような『被害者』を出さないために、本を書こう」と決めた。

▼金融庁から大銀行へのご下命

もちろん、国も手をこまねているわけではない。母の“事件”は2015年までのことで、その後、国は対策に動き出している。

2017年3月、金融庁は「顧客本位の業務運営に関する原則」を打ち出し、金融事業者に顧客本位の業務運営、いわゆる「フィデューシャリー・デューティー」の確立・定着を求めた。「顧客本位の業務運営」に関する7つの基本原則とは以下の通りだ。

【原則1】顧客本位の業務運営に係る方針の策定・公表等
【原則2】顧客の最善の利益の追求
【原則3】利益相反の適切な管理
【原則4】手数料等の明確化
【原則5】重要な情報の分かりやすい提供
【原則6】顧客にふさわしいサービスの提供
【原則7】従業員に対する適切な動機づけの枠組み等

素人である私の解釈では、お上が「金融機関はこれまでのように、自社が一番儲かる商品を売ろうとするのではなく、投資家個々人にとって本当に必要な商品を売り、顧客にも利益をもたらすような金融サービスに努めよ」とご下命したということになる。