当事者のプライドを傷つけたのかもしれないが……

これらを改善するために、私が理事を兼務している公益財団法人がん研究会(がん研有明病院)の財務部長の経験があり、元銀行員でもあった豊田正明氏に、最初は非常勤職員として、その後、常勤顧問兼理事として財務関係の見直しを依頼した。その結果、月次の収支状況や患者数を始めとした診療状況が一目でわかる月次報告書が理事会や経営会議に出されるようになった。さらに、内容への理解を深めるように、前日までに会議資料をメールで参加者全員に送り、当日はタブレット端末を用いて説明する方式とした。

また、本部に在籍する役員と幹部職員による毎週の幹部連絡会議での患者状況報告も図表を多用し、目標値の設定を行い、対目標値比、対前年同月比が分かるようにし、経営の状況をリアルタイムで把握できるようにした。

私は目標を設定して事業を推進することを指導してきたが、いまだに十分には理解されていない。たとえば県立こども医療センターでは、周産期病棟の改造のため16億円の予算を計画した。ところが翌年には20億円を超す予算が請求されてきた。理由を聞くと、「同時に母性病棟(産科病棟)も改造することにした」との回答であった。これは病院が一丸となって練り上げた計画ではなく、認められない。

また両病棟ともに診療を継続しながら改造する計画だが、時期によっては病床数を削減することが必要になる。その計画を診療の責任者である総長や病院長に示すように命じても一向に回答が来ない。したがって、やむを得ず、他の職員も出席する会議の場で、関係する役員と幹部職員に計画の提示を催促した。おそらく、このような事態は当事者のプライドを傷つけたのだろう。総長と病院長は、今回の知事への嘆願書に名前を連ねている。

手術数の計画を立てずに、手術室を設計・建造

5つの県立病院のうち、とりわけ経営がずさんだったのは、重粒子線治療施設の新設を控えていた神奈川県立がんセンターだった。

赴任前年の平成25年11月に神奈川県立がんセンターの新病院が開院し、旧病院で6室だった手術室が12室に、外来化学療法室は国内最大規模の50床となった。総長にヒアリングすると、「平成27年12月には重粒子線治療施設も開院する。前立腺がんの患者さんが増えると思うので、泌尿器科にダ・ヴィンチ(手術支援ロボット)を購入したい」との説明があった。

ただしダ・ヴィンチは高額なため、年間手術100例が採算分岐点と聞いていた。このため、「全12室の手術室が稼働するのは何年後か」「外来化学療法室のフル稼働は何年後か」と質問したところ、全く計画を立てずに設計・建設されたことがわかった。なお前年度の前立腺がん手術は14例であった。

当時の副院長だったのに「ほとんど関与しなかった」と証言

神奈川県立がんセンターは県立病院時代に計画され、PFI(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)事業で建築された。これは診療に直接関与する以外の業務は、民間事業者が維持管理及び運営を行う方式だが、PFIにおよる自治体病院の経営はいずれも大赤字で、私は成功例を知らなかった。このため赴任時、当時の副知事と前任の理事長に「神奈川県立がんセンターは大丈夫ですか?」と質問したところ、「神奈川県立がんセンターのPFIは細部に至るまで検討し、契約書に盛り込んだので絶対に失敗しません」と心強い返事をいただいていた。

しかし、平成26年度のPFIによるSPD(院内物流管理システム)の支払いは予算より6億円も多くなっていた。しかも、新病院建設に関して、幹部職員からヒアリングを受けた病院職員はほとんどいなかった。今回、問題を起こした大川元病院長は、私が理事長として任命したのであるが、がんセンター建設当時、既に副院長であったのに、「新病院の設計・建設、PFI事業についてはほとんど関与しなかった」と証言したのである。

重粒子線治療施設は、平成18年頃まで、神奈川県は県立がんセンターに、横浜市と横浜市立大学は大学病院内に建設を希望していたが、平成21年には神奈川県が建設を計画し議会の承認も得て実現に向けて動き出していた。そこで、横浜市と横浜市立大学は神奈川県に対し、県立がんセンター内に横浜市立大学の大学院を新設し、教育と診療に5名の医師を派遣と大学院生の育成によって医師確保と研究推進に協力したいと申し入れてきた。大学院にかかる費用は横浜市が負担するとの条件であった。