慶應らしさは競技外にも

慶大の箱根駅伝プロジェクトには、もう1つのポイントがある。研究分野との提携だ。今季のスカウトでは準備もあり、対外的なアピールポイントとすることができなかったが、1年の間に幾つかのシステムが整いつつある。

具体的には、慶大が持つノウハウの活用や、研究会の実施などだ。前者は、慶大大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)の教員と協力し、昨秋から競走部内でチームビルディングのワークショップを実施している。また、大手メーカーから機材提供を受け、選手間のコミュニケーション頻度や量を測定し、データをワークショップにも活用していく。いずれも保科コーチとランニングデザイン・ラボがハブとなって各所にアプローチし、連携にこぎつけた。ワークショップには、保科コーチ自身が加わる時もあるという。

「競技力向上よりもまず、チーム力の向上から始めたいので、いろいろな方々にご協力いただいています。私自身が選手時代にあったらいいなと思っていた取り組みです。他大学はわかりませんが、学生を見ていて、自分の考えをうまく発信できていないと感じました。間違いや、他人から認められないことへの恐れがあるのかもしれません。それで発言できないのももったいない。自分の発言に責任を持ったり、考えを整理したりする場にしてほしいという思いで始めてみました」(保科コーチ)

後者は、保科コーチが中心となり「ランニング」を軸にしたゼミナール形式の授業を計画しているという。まだ準備段階だが、箱根駅伝プロジェクトに協力する企業による寄付講座の形式をとり、競走部員にとどまらず、慶大の学生に対してオープンな授業とする予定だ。

「ランニングは全ての運動の基本動作ですから、1つの学問として学生に学びの場を提供したい」と保科コーチは言う。

「“考えて走る”。競技中はもちろん夢中で走るけれど、走らない時間の方が多いわけで、その間は走ることの科学を考えるとかね。だからそういうことに興味のある学生に来てほしい。4年間で習得したことを他の分野にも生かしていけるような人を輩出できたらカッコいいな」とは前述の蟹江氏の言葉だ。

学生アスリートの競技レベルが向上し、過熱する昨今の大学駅伝界において、慶大はある種“一歩引いた”独自路線をゆく。スポーツを大学のPRとするのではなく、あくまで教育、研究の一環という姿勢である。

クレバーなイメージが浸透した名門大学と、一貫してシビアな競技の世界に身を置いてきた新任コーチ。双方の組み合わせは、ひょっとするとこれまでの学生スポーツにはなかった化学変化を生み出すのかもしれない。

(文中一部敬称略)