放射線治療医の派遣を調整したのは土屋理事長

現場は、こんな体たらくなのに、神奈川県は手柄だけは誇りたいようだ。1月24日の記者会見で、県内外の大学、医療機関に派遣を要請した結果、3月末までは常勤医4人、非常勤医6人の計10人を確保できたと明かした。黒岩知事は自ら病院に足を運び、電話をかけたそうだ。「最終的にトラブル前よりも増えた」といって、派遣元として福島県立医大など4施設の名前を挙げた。

私はあきれはてた。今回、神奈川県立がんセンターの支援に動いているのは3人の専門医を派遣する福島県立医大だが、この派遣を調整した人物こそ土屋理事長だからだ。

医師の派遣は、土屋理事長が福島医大の竹之下誠一理事長に依頼したことで実現した。竹之下理事長と私は、福島での医療支援活動を通じ、知り合った。とても信頼できる人物であり、今回、私が2人をつないだ。竹之下理事長は、放射線科医大量離職の背景をすぐに理解し、「優先すべきは患者さんです。医師同士の仲たがいのどちらかにくみする気は一切ありません」と言って、放射線治療科の鈴木義行教授につないでくれた。昨年12月13日、土屋理事長は福島県立医大を訪問し、鈴木教授に医師派遣を依頼した。鈴木教授は快諾し、今回の運びとなった。私も、土屋理事長に同行し、両者の会談に同席した。

その後、土屋理事長が竹之下理事長に携帯電話でお礼を伝えた。そこで竹之下理事長から「うちは県立医大です。そちらの黒岩知事から、内堀福島県知事に一本電話を入れてもらえませんか」と付け加えた。これが、黒岩知事が記者会見で話した手柄の背景だ。おそらく、黒岩知事は、こうした経緯を副知事から聞いていないのだろう。

「土屋先生がいなくなったら、辞めた部長が戻ってくる」

神奈川県庁の問題は、これだけではない。首都圏の大学病院の准教授が、空席の部長に応募してきた。私の知る限り、実力・経験ともに申し分ない。少なくとも経歴を詐称するような人物ではない。

ところが、神奈川県の知事室は「この人物は前の職場でパワハラのうわさがある」という理由で、採用しないように指示してきた。これも越権行為だし、パワハラは単なるうわさ話だ。この准教授には処分の前歴はない。

現在、神奈川県立がんセンターが求めるのは、核になりえる管理職だ。この点で、彼は格好の人材だ。うわさ話のレベルでむげに断るなどあり得ない。県立病院機構の職員は「土屋先生がいなくなったら、辞めた部長が戻ってくるんでしょう」という。

神奈川県立病院機構の混乱を調べていると、患者視点の欠落にがくぜんとする。経歴詐称がばれて、徒党を組んで退職した部長に同情の余地はない。厳格に処分すればいい。

副理事長らが「理事長解任」を求める緊急声明を送付

神奈川県は遵法意識をもつべきだ。2月2日、土屋理事長は県立がんセンターの大川院長を解職し、企画情報部長とする辞令を交付した。これは懲戒処分でなく、人事異動だ。法的な問題はない。ところが、大川院長や県の関係者はこれに抵抗した。県立がんセンター職員によると「大川院長は黒岩知事に人事異動の取り消しを求めて陳情にいき、土屋理事長の指示で院内に掲示された人事異動の張り紙は、事務職員の手ではがされた」という。

そして、2月5日には、神奈川県立病院機構の康井制洋・副理事長以下、6名の幹部が「神奈川県立病院機構土屋了介理事長の解任を求める緊急声明について」という書面を、黒岩知事や県議に送った。このなかに大川氏も名を連ねている。(※編注:記事の末尾で、関係者から入手した「緊急声明」の書面を掲載しています)

同日、黒岩知事は、土屋理事長を呼び出し、大川院長の解任を取り消すように求めたが、土屋理事長が聞き入れなかったので、彼を解任した。黒岩知事は「県知事の指示を聞けないなら、罷免する」と伝えたそうだ。前述したように、知事が独立行政法人の理事長に指示を出すことは法の趣旨に反することだ。知事の権限は任命と罷免で、指示ではない。

独法制度に詳しい前出の政府関係者は「理事長の方針に反対だからといって、知事に理事長解任を申し立てるなど、全くの権限逸脱です。おそらく、県の上層部と機構幹部が通謀してやったのでしょう」という。

病院機構は法令を無視する「無法地帯」と化した

経歴を詐称する、辞令を拒否する、張り紙を無断ではがす。独法制度のルールを平気で破る。法令を無視し、「無法地帯」と化している。県立がんセンターの職員はみなし公務員なのだから、法令や規則に違反する人物は淡々と処分すればいい。混乱を引き起こした幹部は、しかるべき責任を負うべきだし、副知事は「進退をかける」と言っていたのだから、約束を果たすべきだ。

神奈川県庁と県立がんセンターの暴走は目に余る。暴走を止められるのは県議会だ。県議会では調査委員会の調査結果に対して、公平な立場から質疑が展開されている。しっかり対応すべきだ。

また議会と並んで重要なのがメディアの役割だ。テレビや新聞の県政担当記者には、正確な事実を報じてもらいたい。患者不在の騒動の詳細を、県民に周知してもらう必要がある。

医療は社会的な営みだ。健全な民主主義がなければ、維持できない。神奈川県に必要なのは、県民視点での情報開示、開かれた議論である。

上 昌広(かみ・まさひろ)
医学博士。1968年兵庫県生まれ。1993年東京大学医学部医学科卒業、1999年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員、東京大学医科学研究所特任教授など歴任。2016年4月より特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所を立ち上げ、理事長に就任。医療関係者など約5万人が講読するメールマガジン「MRIC」編集長。