昨年リニューアルした「キリン一番搾り」が絶好調だ。近年、アルコール飲料の多様化や個人の飲酒量の減少などを背景に漸減傾向にあるビール市場だが、その中で「新・一番搾り缶」については、“前年比2ケタ増”を記録している。今回のフルリニューアルが消費者の心をつかんだ理由はどこにあるのか。流通ジャーナリストの渡辺広明氏の分析を交えて探ってみた。

市場の“期待感”をいかに上回れるかがポイント

2017年、国内のビール市場は夏場の天候不順なども影響し、前年比マイナス2.9%となった。その中で大健闘を見せたのが「キリン一番搾り」だ。リニューアル商品がほぼ市場に行き渡った9月以降、12月までの「新・一番搾り缶」の出荷量は平均で“前年比プラス13%”。そもそも「キリン一番搾り」ブランドは、2016年までの3年間も出荷量を伸ばし続けてきた。「そうした状況での2ケタ増は、驚くべき数字」と渡辺広明氏は評価する。同氏は、大手コンビニチェーンで長くバイヤーを務め、その後さまざまなメーカーの商品開発にも携わってきた。

渡辺広明(わたなべ・ひろあき)
流通ジャーナリスト/流通アナリスト
ローソンにて店長・スーパーバイザー・バイヤーとして22年間勤務。これまでに多様なメーカーの600品の商品開発に携わる。雑誌、新聞などでの連載多数。フジテレビ「ホンマでっか!?TV」でも活躍。

「食品や飲料に限らず、例えばスマホなどでも、誰もが知るメジャーブランドのリニューアルに、消費者、ユーザーはかなりの期待感を持っています。ビールのような商品であれば、日常に変化を求める心理から『一度試してみよう』という人が一定数存在する。今回の『新・一番搾り』も、はじめそうした思いから手に取った人が少なくないでしょう。ただ好調が数カ月にわたって継続しているということは、これまで別の銘柄を買っていた人が切り替えていると考えられる。好奇心による購入で終わらずに、2度、3度と続けて購入してもらえるか。言うまでもなく、ここがリニューアルの成否の分かれ道です」と渡辺氏は言う。

さらに、若い世代ばかりでなく、40代、50代以降の層も、今回のリニューアルを高く評価している点について次のように続ける。「ブランド切り換えの心理的ハードルは、やはり年齢層が上がるにつれて高くなる。その意味で、40代、50代以降も支持している価値は大きいでしょう」。すでに自分なりのこだわりを持っている年齢層に、いかに魅力を届けられるか――。特に嗜好品の分野では、これもリニューアルのポイントなのだ。

メジャーなブランドのリニューアルに求められるものとは

では具体的に、「新・一番搾り」の何が受け入れられたのか。それは一言でいえば“品質にほかならない”と渡辺氏は言う。「どんな分野でも、メジャーなブランドのリニューアルに求められるのは、何より品質であり、“本物感”です。まだ認知度の低いブランドや新商品であれば、新規性や斬新さが受ける場合がありますが、知名度の高いブランドはそうではない。ビールであれば、端的においしくなったかどうか。これに尽きるでしょう」

事実、「新・一番搾り」の開発にあたり、キリンビールは製造の全工程を一から見直し。100人の技術員を動員し、1000回を超える試験醸造を実施している。そこで目指したのは、「麦のうまみアップ」と、より「調和のとれた味わい」だ。「うまみ」については、醸造における糖化方法の最適化により、味のバランスもいっそうよくなったという分析結果が出ている。

「私自身がリニューアルされた一番搾りを飲んで直感的に感じたのは、その飲みやすさ」と渡辺氏。「どんな料理とも合うし、普段の食事と一緒に味わいたいなというのが一番の感想でした。それと、あらためて思ったのは“やっぱり本格的なビールはうまい”ということですね(笑)」。

この「料理との相性」については、食のプロも認めるところだ。明治から続く江戸前蕎麦の老舗、「神田まつや」の店主である小髙孝之氏は言う。「『一番搾り』は、料理に合うビールです。強すぎず、軽すぎず。澄んだ味わいの中に、しっかりした旨味と飲みごたえがある。特に『新・一番搾り』になって、バランスがますます良くなりましたよ。結局、ビールもバランス。蕎麦とビールの関係だって同じです。味わいが澄んだもの同士だからこそ、バランスが取れて互いを引き立て合う」。「神田まつや」では現在、「新・一番搾り」の中びんを取り扱っている。多くの文人や蕎麦通に愛されてきた逸品と一緒に味わうことができるわけだ。

図はリニューアルのタイミングでキリンビールが開始した、「新・一番搾り おいしさ実感キャンペーン」。「ビール本来の味わいが感じられる」「麦のうまみが増して、飲みやすくなった」「やさしい飲み口が進化した!」など、97%の消費者から好意的な評価を獲得している。
※「新・一番搾り おいしさ実感キャンペーン」 2017年8月25日~2018年1月24日 10時時点集計結果(サンプル数:74,895件)

「商品の本質的な価値」に磨きをかけたことが成功の要因

一方、自宅などでビールを楽しんでいる一般の消費者は今回のリニューアルについて、どんな感想を持ったのか。一番搾り実感キャンペーンに寄せられた声は次のようなものだ。「雑味が無く、スッキリした味わいで大変に美味しい」「麦の旨味がさらに増し、おいしさ倍増」、そしてやはり「食事に合う飲みごたえのあるビール」という意見もあった。

これらの声を受け、渡辺氏は言う。「人それぞれ好みはあるでしょうが、私自身は今回、『そうだ、一番搾りは“一番搾り麦汁”だけを使っているからこの味わいが出せるんだ』と再認識しました。誕生から28年経って、その商品名はある種記号化していましたが、今回あらためて『一番搾り製法』というものに対するキリンビールのこだわりを感じましたね」。そして、「私はアルコール飲料や料理の専門家ではありませんが、『新・一番搾り』にはこれまでの『一番搾り』との違いをしっかり感じることができた」と付け加えた。

「“一番搾り麦汁”だけを使うというキリンビールのこだわりをあらためて感じさせられた」

30年近くの歴史を持つブランドのリニューアルはリスクを伴う。これまでファンが引き続き支持してくれるかは分からない……。「もちろん、前のほうがよかったという人は一定数いるでしょう。ただ、これだけアルコール飲料が多様化する中、ビールというジャンルで新たなブランドを立ち上げるのは相当難しい。となれば、いかに既存ブランドに磨きをかけられるかが勝負となります。チャレンジしなければ、ますます厳しい戦いを強いられることになる。『一番搾り』が過去3年出荷量を伸ばす中で、リニューアルしたこともその証しでしょう」

そしてその際に極めて重要なのが、「商品の本質的な価値に焦点をあてること」とこれまで多くの商品開発に関わってきた渡辺氏は指摘する。「繰り返しになりますが、特に誰もが知っている商品やブランドを刷新する場合、目新しさだけを求めた取り組みでは継続的な支持を得るのは難しい。消費者の期待感に応えることはなかなかできないでしょう。やはり磨きをかけるべきは“品質”、ビールであれば“おいしさ”ということになります」。

これまで長い時間をかけて追求してきた品質をさらに高めていく――。それはメーカーにとって決して容易なことではないはずだ。しかし、それができてこそ、市場での存在感を確保できることも事実だろう。現在のビール市場において、新たな魅力で確かな存在感を示している「新・一番搾り」。一度、好みの料理と合わせて、味わってみる価値があるだろう。