ニュアンスを伝える語彙を増やす

ビジネスにおいては、あえて曖昧な言い方をしておいたほうが無難なケースがあります。例えば、大きな声では言えないけれど、相手の耳に入れておいたほうがいいことを伝えるとき。「これは知っておいてください」と言うとあからさまなので、こういうときは「お含みおきください」と言います。「私の口からはっきりとはいえないのですが、頭の隅に入れておいてくださいね」というニュアンスです。

また、頼まれごとをして引き受けたものの、それほど積極的な気持ちがない場合、「了解しました」と言うと、相手にとっては前向きに聞こえます。そこで、「お引き受けするのはやぶさかではありません」と言うと、「引き受けるのはかまわないけれど」という、「けれど」のニュアンスを伝えることができます。

ビジネスは、互いの押し引きがポイントになる世界であり、明確にすべきことと曖昧にすべきことが混在する複雑な世界です。

伝えたいことを確実に伝え、伝えたくないことは曖昧にする、そういう語彙を持っておくことも、時代に即した語彙力と言えます。

語彙は多ければ多いほどいい、ということはありません。必要な語彙、時代に即した語彙、あるいは自分を守る語彙を過不足なく身につけることが大切なのです。

外来語は今や必須語彙の一つ

最後に、私は教養につながる語彙として古典を大切にしていますが、その一方で外来語も重要だと考えています。

外来語を重視するのは日本語軽視だという意見には、賛成できません。グローバル社会にあっては、外来語が必須の語彙になるのは当然のことです。

必要な語彙は時代とともに変わっていきます。今の時代に必要な語彙があるのです。その代表的なものが外来語です。

むやみに外来語を使うことには同調できませんが、外来語でしか表現できないことは、その意味を知って正しく使えるようになりたいものです。

「クラウドファンディング」……ある目的のために不特定多数の人からインターネットを通じて資金を集めるという意味で、「ファンド」は資金や基金という意味です。現在、ネット上のクラウド(雲)がよく知られていますが、この場合のクラウドは「大衆」の意味です。
「コミット」……関係する、関わりあうことという意味。「結果にコミットする」というキャッチフレーズがありますが、「結果を約束(確約)する」ではなく「結果に関わる」という意味なので、飽くまでも結果責任は当事者にあります。
「アジェンダ」……計画、議事日程のこと。アジェンダとは行動計画のことなので、日程と手順を明らかにしておかなくてはなりません。「アジェンダを用意して」と言われて雑駁な書類を出したら、「できない人」と思われてしまいます。
「プラットフォーム」……基本構造という意味。ビジネスではプラットフォームを作った者がルールを決めると言われています。決して「駅のプラットフォーム」の意味ではないので注意しましょう。

これらは、50年前に語彙力の本を作ったとしたら、おそらく収録されない言葉ばかりです。「日本人なんだから日本語で説明しろ」というのは今やナンセンス。このくらいの外来語を理解していないほうが問題です。

齋藤 孝(さいとう・たかし)
1960年静岡県生まれ。明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。著書に『三色ボールペン活用術』『語彙力こそが教養である』(以上、KADOKAWA)、『声に出して読みたい日本語』(草思社)など多数。NHK Eテレ『にほんごであそぼ』総合指導。
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