30代後半、女性、子育て中……。こうした条件は、一般的に転職市場では不利といわれてきた。しかし時代とともに、女性の転職は変わり始めているようだ。働き方を研究しているリクルートワークス研究所の萩原牧子さんに話を聞いた。

働く女性にとって選択肢が増え始めている

──10年、15年と経験を積み、より高いレベルの仕事を目指すとき、「挑戦したい女性の転職」は可能なのでしょうか。

【萩原】働く女性の選択肢はこれから広がっていくと思います。これまでは時間的制約のある人の活躍の場は限られていました。1986年に男女雇用機会均等法が施行され、女性総合職の採用が始まってからも、現場では「残業をこなせるフルタイムワーカー」である男性が責任ある仕事の担い手とされ、女性は結婚したら退職するという考え方が根強く存在しました。そのうえ出産で一度退職した女性は、再就職してもそのほとんどが正社員にはなれない。残念ながらこれが日本の標準だったのです。

出所:国立社会保障・人口問題研究所『第15回出生動向調査』

この状況にようやく、変化の兆しが見えています。画期的な変化は、第1子の出産を機に退職する人の割合が近年初めて50%を割り込んだ点です。さまざまな政策の効果もあり、長年ほとんど変化が見られなかった数字が、出生年が2010年以降、減少傾向にあります。また、採用にあたる企業側の意識も変わってきました。まだ事例は少ないものの、企業の人事担当者からは「優秀な人材を獲得できるなら、育児などの時間的制約の有無は条件から外す」という声が上がり始めています。主流とはいえませんが採用の評価軸は「人」、つまり「何ができるのか」を重視する姿勢へ変わりつつあります。

──年齢はいかがでしょうか。35歳を超えて転職すると年収が下がるという話も聞きます。

【萩原】いわゆる「35歳転職限界説」ですね。私が各年代の転職効果を検証してみたところ「現在の会社や給与の不満を解消したい」という動機で転職した人で、転職前と比べて10%以上年収が増えた人、減った人の割合は、30代後半であってもほぼ同程度でした。男性も合わせた集計ですが、女性であっても年齢相応の能力が蓄積されていれば、チャンスはあると思います。性別や年齢などの線引きは今後着実に薄れていくでしょう。女性活躍推進や働き方改革、人手不足などを背景に、人材評価の基準、ゲームのルールそのものが転換しつつあります。

出所:リクルートワークス研究所『全国就業実態パネル調査2017』より萩原牧子研究員作成。集計対象は直近1年以内に、賃金や労働条件、仕事内容などの不満を解消するために転職した男女 (n=1239)。
※小数点2位以下を四捨五入しているため、合計が100にならない場合があります。

──働く女性に求められる能力も変化しているのでしょうか。

【萩原】今は女性総合職が増え出産後も働き続けるという「量の変化」が起きていますが、この先は女性にも責任ある仕事が任されるといった「質の変化」が起こるでしょう。

これまで女性は「働く時間が限られているから簡単な仕事を割り振る」などの過度な配慮がされて、成長の機会を逸しているケースが少なくありませんでした。本来は男女を問わずジョブローテーションなどで視野や人間関係を広げるべきなのに、残業ができない人は能力があってもその経験を積めないのです。政府が掲げる「女性管理職の割合を2020年までに30%に引き上げる」という数値目標を達成するために、女性育成を意識する企業も出てきました。この流れが進めば、結果は自然と付いてくるはずです。

性別や年齢ではなく「人」を見る時代。だからこそ、どの仕事でも通用する能力を身につけて

リクルートワークス研究所
主任研究員/主任アナリスト
萩原 牧子(Makiko Hagihara)

大阪大学大学院博士課程(国際公共政策博士)修了。全国の約4万の個人を対象とした調査設計を担当。転職や多様な働き方について、データに基づいた分析、検証を行う。

「変化がない」と感じたら転職のサインかも

──女性はどのようなキャリアを築いていくべきでしょうか。

【萩原】これからは「100年キャリア」の時代です。職業人生が長くなるからこそ、いかに働き続けるかを意識してほしいですね。

女性は専門職を志向する傾向が強いのですが、毎日同じことを繰り返す業務は誰にでも代替可能。未来にはAIに取って代わられるかもしれません。「自分の業務はここまで」という固定観念は捨てて、より良い成果を出すために自分ならどんな工夫ができるのかを考えてみてください。創意工夫を凝らすことで、その人が誰にも代えがたい人材になっていくのです。

そのためには学びも重要。一つの知識や資格を習得することを目的とするのではなく、変化に応じて学び続ける習慣を身につけることがキャリアシフトの鍵になります。

また30~40代の女性であれば、マネジメント経験は大きな武器になります。管理職の打診に悩む女性は多くいますが、自ら手を挙げてでも積極的に経験を積んでいきましょう。ただ、安易な転職は勧めません。挑戦したくとも、今いる環境では「変化がない」と感じたら、それは転職のサインかもしれません。女性活躍の時代とはいえ、企業の取り組み状況には天と地ほどの開きがあります。子育て仲間、他部署の社員、他企業などにもネットワークを広げ、自社の状況を冷静に見極められるよう外の目を養うことも大切です。

現代の女性は、会社がキャリアのレールを敷いてくれるわけではありません。むしろこれからは誰もが自分のキャリアにオーナーシップを持って未来を切り開く時代。その意味では、会社主導でキャリア形成してきた男性よりも、人生をどうかじ取りするかを常に意識してきた女性のほうが、有利かもしれません。

これからも“働き続ける”ための女性のキャリア戦略

専門職として働くというこだわりを捨てる
一つの仕事にこだわらず時代が変化しても対応できるよう、柔軟な視点を持つ

「何を学ぶか」よりも「どう学ぶか」を意識する
資格やスキルの習得にとらわれず、「学びの型」を身につける

マネジメント経験を持っておく
管理職の経験は環境が変わっても生かせる普遍的な能力になりうる

会社の外を知り、変化への感度を高める
社外へのネットワークを持ち、今何が起きているのかを察知する

Edit=Embody Photograph=佐川幸治(インタビューカット)