スウェーデンは、男女(ジェンダー)平等や人権尊重、個性尊重という「スウェーデン・バリュー」を掲げています。しかし、流入する多くの移民や難民すべてに、スウェーデン・バリューにのっとって等しく手厚い社会保障を施そうとすると、財政は逼迫するし、社会も不安定になってしまう。流入のスピードがゆっくりであれば受け入れられたかもしれませんが、これほど急激だと難しい。美しい理念を実現しようとすると、ひずみが起きてしまうわけです。

日本は強い規制のもとで、ほとんど鎖国に近い状況

こうした現実を前にして、経済の仕組みや国境の管理をどうするか、本気で考えなくてはならないときが来ているのではないかと思います。もはや、平衡論を前提とした議論で、「保護貿易はけしからん、自由経済・自由貿易がいい」などと言っている場合ではありません。

欧米ではこうした視点の議論が盛んになってきています。グローバリゼーションと国民国家と民主主義は並立しないというトリレンマの議論が活発です。ジョージ・アカロフ、ロバート・シラーのノーベル経済学賞コンビは最近、「不道徳な見えざる手(Phishing for Phools)」で自由市場の問題を浮き彫りにしています。自由主義経済の旗手ともみなされるハーバードビジネススクールすらも「危機にある資本主義(Capitalism at Risk)」を出版しています。フランスの歴史人類学者・家族人類学者のエマニュエル・トッドも「保護主義を研究すべきだ」と言っています。20世紀の、自由経済が比較的うまく機能していた時代のメンタリティーを引きずって、単純に保護主義を否定するのではなく、保護主義を本気で研究する。そして新しいコンセプトを作らなくてはならないと思います。

日本は保護主義的な国と言ってよいでしょう。強い規制のもとで、ほとんど鎖国に近い状況になっています。移民は認められず、農地の転換は進まず、送電線に接続できず、便利な電子決済手段よりキャッシュが幅を利かせ、配車サービスのUberも民泊サービスのAirbnbも使えません。自由主義経済のメリットの1つは、効率の良いビジネスに素早く変化することです。タクシーがウーバーに変わって価格が安くなるわけです。タクシーが高くても、日本と北京のタクシーが競争するわけではないので、それ自体は国際競争に影響をもたらしません。

しかし、タクシーが失業せず、農業もキャッシュも維持できる代わりに、日本社会のコストが高くなります。物流や交通やエネルギーなどさまざまなコストが高まり、企業の国際競争力を失わせます。生産性が高まらない、特に第3次産業の生産性が低いと言われて久しいですが、こうした高コスト構造が関係しているのではないでしょうか。自由競争と保護主義の議論の鍵は、急激すぎる変化による失業や格差の問題と、保護主義による高コスト構造とのジレンマを克服する現実的な解なのでしょう。

小宮山 宏(こみやま・ひろし)
三菱総合研究所理事長。1944年生まれ。67年東京大学工学部化学工学科卒業。72年同大学大学院工学系研究科博士課程修了。88年工学部教授、2000年工学部長などを経て、05年4月第28代総長に就任。09年4月から現職。専門は化学システム工学、CVD反応工学、地球環境工学など。サステナビリティ問題の世界的権威。10年8月にはサステナブルで希望ある未来社会を築くため、「プラチナ構想ネットワーク」を設立し会長に就任。
(写真=iStock.com)
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