内なる顧客の声を信じる

崇拝型ブランドが決して顧客の気持ちを考慮しない、ということではない。信用するのは市場調査のデータではなく、「内なる消費者」の声である。これが独特の嗅覚となり、強烈な個性と完成度を持った商品を生み出していく。一方、消費者サンプリング調査に基づいてニーズを測定すると、往々にして当たり障りのない無難な選択に陥りやすい。

新井範子・山川悟『応援される会社』(光文社新書)

「ブリュードッグ」(スコットランド)は2007年、ワットとディッキーという2人のビールオタクによって設立されたマイクロブリュワリーである。立ち上げた理由は「心から飲みたいと思えるものが世の中になかった」から。ウイスキー樽熟成のスタウト「パラドックス」を皮切りに幾多のビアコンペで賞を獲得して業界を席巻、創業8年足らずで売上70億円を達成した。

プロモーションに関しても、アルコール度数55%のビールをリスの剥製のパッケージで発売、大通りを戦車で駆け抜けて新製品を告知、英国議会議事堂に創業者2人の裸の影を映し出す、など破天荒なものばかり。眉をひそめる人もいるが、彼らの「パンク精神」に対しては心酔するファンも多い。

ワットは「ターゲット市場なんて言葉は無視しよう」と提唱する。なぜならその事業のことを来る日も来る日も考え続けてきた経営者自身が、顧客とは誰かを一番知っているからであり、「あなた(著者注:経営者)の魂にはブランドのDNAが焼き付いている」からだとしている。

経営者や社員が「オタク」ともいえるユーザー

日本のオートキャンプ市場を再確立した「スノーピーク」(新潟県三条市)の山井太社長も、自分が長期間使いたい、満足が得られるキャンプ用品を製造し、品質に見合った価格についてきてくれる顧客のみにそれらを提供する、というスタンスを持っている。山井氏が入社した1986年当時、テントの価格相場を無視していきなり16万8000円のハイエンド商品を市場導入、社内の猛反対を尻目に、製造した商品100張あまりをすべて売り切ってしまう。ヘビーユーザーが年50回×5年間は使えるテント、つまり自分が使いたい商品でなければ売ることはできない、という意志を貫き通したこの体験が、現在のスノーピークを形づくっているという。

同社の理念“The Snow Peak Way”に「自らもユーザーであるという立場で考え、お互いが感動できるモノやサービスを提供します」とあるが、社員を採用する条件の一つはユーザー・スキルであるという。そして「私自身がユーザーの代表だと思っている」と述べる山井社長こそ、年平均40~50日はキャンプに出掛ける最先端ユーザーであり、商品に対して最もうるさい消費者なのである。

経営者や社員が「オタク」ともいえるユーザーであり、消費者に強い影響を与える存在であることも、崇拝型の一つの特徴であろう。近年、身近なカリスマや師とみなす人への尊敬から生じる「リスペクト消費」が生じており、「何を」買うか以上に、「誰がつくったものを」「誰と同じものを」「誰が薦めているものを」「誰から」買うかに重要な意味が見出されてきている。モノへのニーズというよりも、人へのニーズと捉えるべきだろう。