念願の村開き

この日、釜石市根浜に神楽衆を招いたのは、地区で唯一流されずに残った旅館〈宝来館〉の女将、岩埼昭子さん。地区ではほとんどの家屋が流され17名が亡くなった。鉄筋コンクリート4階建ての旅館は2階までが浸水。厨房は滅茶苦茶になった。「それでも、これくらいの被害で済んだのは神楽のおかげ」と岩崎さんは言う。津波の直前、黒森神楽が訪れて神楽巡行を行っていた。だから「神様に守られた」と言う。実は岩埼さん自身も津波にのまれる壮絶な経験をしたものの、奇跡的に助かり、九死に一生を得たのだった。

一時は旅館の廃業を考えたが、地区のなかで震災前の面影を唯一残す建物を生かしたいと再起を決意した。津波を受けた場所での旅館の復興は、経営者として言葉に尽くせぬ苦労があったと聞く。

それから6年、岩崎さんは念願の“村開き”に神楽を招いた。新築の一軒一軒が〈柱固め〉されるたび、はじけるような笑顔になった。「守られるなー!」と大喜びで叫んでいた。

岩埼昭子さん。(C)VISUAL FOLKLORE INC.

神様に守られる感覚

岩手県大槌町にある吉里吉里(きりきり)漁港では、ある漁師が神楽衆に〈船祝い〉を依頼した。船の海上安全と大漁を願う権現様の舞だ。本来は船を新造した際に行うものだが、その漁船は中古船。震災の翌年に、津波で流された前の船の代わりに手に入れたものだった。漁師はこの5年間〈船祝い〉をやれなかったことを気にかけていたのだと言う。ゲンを担ぐ漁師にとって神ごとを欠かすことは茫漠たる不安に通じる。震災後、漁獲は落ち続けている。権現様が〈柱固め〉と同じように船の要所要所をかみ、ひとしきり舞い終えると、漁師の顔がたちまち明るくなるのがわかった。「すっきりした。あとは大漁させてもらうだけ」と言って漁師は神楽衆に頭を下げた。

映画の撮影を通して出会った岩手の人々は、寡黙で、自ら進んで苦労を語らず、みな気丈そうにみえた。しかし、大震災で足元が根本からグラつく経験をし、今も揺れ続けている人たちにとって、神楽のような神ごとに背中を押してもらい「守られる」感覚を得ることは、大きな力の源泉となっているに違いない。

船祝い。(C)VISUAL FOLKLORE INC.