今の仕事が、夢への扉を開く

小説の場合だと、目の前の作品を本当に書き上げられるのかどうか、自分自身を疑うことはしょっちゅうです。むしろ私にとって、疑うことは仕事の中心といえるかもしれません。この書き方でいいのか、これが本当に言いたいことなのか。『アメリカン・ウォー』は2014年の夏から書き始め、草稿まで1年、完成までさらに1年をかけて徹底的に手直しをしました。その間はずっと、不安や疑いとの戦いが続きます。

不安や疑いへの対処法は2つあります。それらを抱えながら仕事を続けるか、それとも目を背けて、自己満足に逃げるか。私は、自己満足は仕事の敵だと思っていますし、今のやり方はうまくいっていると感じています。

忙しく働く際に、組織の中でストレスを管理するには、自分にかかる負荷を把握してくれる上司を持つことがいちばん大事だと思います。新聞記者の場合、なにか大きな事件が起きると5日で100時間働くようなこともよくあるのですが、そんなときに「土日プラス月曜も休んでいいから」と機転を利かせてくれるとか。そうでなければ燃え尽きてしまいます。

そして、いつか本当にやりたい仕事を実現するには、どうすればいいか。私の場合は、食べるために就いた仕事が、本当にやりたい仕事に役立つスキルを身につけさせてくれました。毎日会社に行って記事を書き、上司からフィードバックを受けることが、フィクションの書き手としての力をも鍛えてくれたと思います。もちろん、アフガニスタンやグアンタナモ、ルイジアナやフロリダを取材した経験も小説の中に生きています。やりたいことがあるなら、日々の仕事の中でその準備をしていくことが、とても重要でしょう。

自分の顧客となる側の経験を積むことも大事です。私の場合、小説を書く能力を鍛えるためにもっとも重要だったのは、小説を「読む」ことでした。ジャンルや国籍を問わず、いい作品もそうでない作品も。いい作品を読めば小説の可能性に気づけますし、よくない作品は「どうやったらこれをもっといいものにできるだろう?」と考える教材になります。

本当にやりたい仕事と現在の仕事が直結していない人もいるかもしれません。その場合も、特定のキャリアパスを追求していくと、違う道へのドアが閉じられてしまうという考え方をもたないようにすることが大切です。自分はずっとフィクションの書き手になりたいと思いながら記者の仕事を続けていて、たまたま10年たってこの本を出せた。世の中には1年でデビュー作を出版する人もいれば、20年たってもまだ出せない人もいる。それは、人それぞれです。

ドアが閉じられていると自分で思ってしまったら、そこで行き止まりです。

オマル・エル=アッカド
ジャーナリスト、小説家
1982年、エジプト・カイロ生まれ。カタールで育ち、98年に家族でカナダに移住。カナダの大手新聞社「グローブ・アンド・メール」で調査報道に携わる。アフガニスタン戦争、グアンタナモ米軍基地、エジプトの〈アラブの春〉、米ミズーリ州ファーガソンの白人警察官による黒人少年射殺事件などを取材。2016年に退職。17年に『アメリカン・ウォー』で小説家としてデビュー。日本をはじめ、世界13カ国で刊行。
 
(構成=川口昌人 撮影=岡村隆広)
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