【ケース1】79歳 男性 元農業 実直な性格。長男夫婦、孫3人と広い田舎の農家に住んでいる。73歳で脳梗塞になり妻の介護を受けつつ、現在車いす生活。最近「妻に男がいる」と騒ぎ始め「白状しろ」と暴力を振るうようになったため、長男と妻に連れられて、私のところにやってきました。

「じいちゃん、どげんしたね、なんか心配ごとでもあると?」
「真夜中に起きるとばあちゃんが、隣におらんとですよ。どこか行きよるごたっ(出かけているようだ)」

どうも、それまで隣で寝ていたおばあちゃんが、いなくなったことを浮気と思っているようです。別の部屋でおばあちゃん(妻)に仔細を尋ねました。

「なんで隣に寝るとば、やめたとですか」
「じいちゃんは最近、夜寝ぼけて床の間に、おしっこをするとです。病気の後やけん仕方なかと我慢しとったですけど、この前は私におしっこばかけたとですよ」

写真=iStock.com/vitranc

それ以来、おばあちゃんは隣の部屋で寝ているとのことでした。私は脳梗塞後の後遺症と考えられる「譫妄(せんもう)」が生じていると判断し、次のように協力を依頼しました。ちなみに譫妄とは、脳卒中後などに意識が低下し、興奮や幻覚が生じる現象です。原因は脳の血流低下など。夜間にみられやすく、数分から数十分間続き、本人は覚えていないことがほとんどです。私はよく、「ひどい寝ぼけ」と説明します。

「できるだけじいちゃんの隣で寝てもらえんね」
「先生がそげん言うなら……。でも先生は寝とるときに、おしっこをかけられたことはありますか?」

おばあちゃんは不機嫌そうに問いかけてきます。私も笑いをこらえつつ「経験はありません。何とかお薬を用いて、2度とこげなことのないようにやってみますから……」と答え、しぶしぶ納得してもらいました。

それから3カ月後。じいちゃんは時折、怒りを見せることはあるものの、DVは消失したとのこと。その爺ちゃんに心配ごとについて再び尋ねてみました。

「ばあちゃんは、男と別れたごたっ(よう)です」

このように、老人の妄想は、ある現実の事象を曲解するところから発展するようです。