「やれ」と言われても混乱だけが増幅

「PDCAを回せ」と部下に指示する管理者は、極めて無責任である。というのは、部下は、PDCAすべての活動を担当していないからである。計画を立てるのは、管理者自身か自分の上司、あるいは、計画を立てる前提となる経営環境分析も担当する経営企画スタッフである。そして実行を担当するのは部下である。

上司は、設定した計画を達成できるよう、部下に対して適宜指示を与えるのが業務である。チェックに関しては部下による自己分析も必要だが、本来は管理者の仕事だ。チェック後にどのような是正措置をとるかについては、管理者が部下に指示することもあれば、部下自らが対応策を見いだし実行することもあるし、是正のために制度やルールの変更や巨額の投資が必要な場合には、別の担当者の仕事となる。

担当業務ではない仕事を上司から「やれ」と言われても、部下は何をしたら良いかもわからず、混乱のみが増幅されてしまう。管理者の無責任な発言を前にして、部下は立ちすくむ。事態が一向に改善されないので、管理者は不満を募らせる。そのような管理者の言動に、部下はさらに困惑する。PDCAサイクルは、回したくても回せない。

サイクルを回すのに必要な判断業務

PDCAサイクルに関して、もうひとつ大切なことは、1度目の経営管理サイクルが終了し、2巡目に入るときにある。是正措置をとった後の新しい計画を練る時に必要なのが「新たな計画を策定するにあたって、前期との比較で経営環境に変化があるかどうか」を確認する作業である。顕著な変化がなければ、新しい計画は比較的容易にたてられる。

一方、経営環境に大きな変化があるなら、それを考慮に入れた慎重な計画設定が必要になるのである。PDCAサイクルとは、PDCA(J)Pサイクル、つまり、是正措置をとった後に、次の計画を設定する前に計画前提が前期と顕著な違いがあるかどうかを判断(Judge)した後に、次の計画を立てるものなのである。判断(J)のプロセスを欠いたPDCAサイクルは、不毛である。

例えば、前期に想定した為替レートから今期の為替レートが大幅に上振れないし下振れすることが予想された場合を考えてみよう。そう判断するなら、計画前提が前期とは異なることになり、新規の計画設定にあたっては、為替が影響するすべての要因を考慮に入れないといけなくなる。

もっともらしい言葉が、ビジネスの世界では満ちあふれている。これらの言葉が実は経営を混乱させている。「横展開せよ」とか「愚直に取り組め」なども危険な言葉である。部下の自主性と創造性は極めて重要だが、上司の明確な指示や良い意味での介入がなければ、管理者の期待する(あるいは、期待を超える)成果は得られない。

日本語は他の言語との比較で、極めてハイコンテクスト(多義的に理解される)な言語である。そのことを十分理解した上で、適切な言葉を選択し、使用する必要があるだろう。

加登 豊(かと・ゆたか)
同志社大学大学院ビジネス研究科教授(神戸大学名誉教授、博士(経営学))
1953年8月兵庫県生まれ、78年神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了(経営学修士)、99年神戸大学大学院経営学研究科教授、2008年同大学院経営学研究科研究科長(経営学部長)を経て12年から現職。専門は管理会計、コストマネジメント、管理システム。ノースカロライナ大学、コロラド大学、オックスフォード大学など海外の多くの大学にて客員研究員として研究に従事。
【関連記事】
有名経営者は下唇が厚く、耳の位置が低い
トヨタ式の"カイゼン"に潜む3つの大誤解
なぜデキる人ほど仕事に「飽きない」のか
働く人の幸福度をはかるたった12の質問
超デキる人の「予定の立て方」7つのコツ