真のマニュファクチュールは“一体型”を目指し始めた

フェルディナント・アドルフ・ランゲが1845年に創業したA.ランゲ&ゾーネは、戦後東ドイツ政府に接収されいったんは時計製造の歴史を閉じるものの、東西ドイツ統一後に創業者から4代目に当たるウォルター・ランゲがブランドを再興する。1990年のことだ。4年後の94年には新会社初となる「ランゲ1」「アーケード」「サクソニア」「トゥールビヨン“プール・ル・メリット”」の4コレクションを発表。以後、A.ランゲ&ゾーネは毎年新機能を盛り込んだ新作を開発し、いまではダトグラフ(クロノグラフ)、ラトラパント(スプリットセコンド*)、トゥールビヨン**、永久カレンダー***、ミニッツリピーター****など、複雑機構全般をカバーするに至った。

*スプリットセコンド……2本のクロノグラフ秒針によって複数のラップタイムを計測できる機構
**トゥールビヨン……精度を大きく左右するテンプをキャリッジ(カゴ状の部品)の中に収めて回転させることで、重力によって生じる歩度の誤差を低減する機構
***永久カレンダー……西暦2100年まで修正が不要なカレンダー機構。うるう年も表示する。
****ミニッツリピーター……異なる2つの音色の組み合わせで時・15分・分を区別して時刻を告知する機構

そのA.ランゲ&ゾーネがこのところ新作発表にあたって強調するのが、「メカニカル・マスターズ」という言葉だ。意図するのは“複数の複雑機構を論理的・効率的な設計によってスムーズに連動させる”こと。つまり、いくつかの複雑機構を一つのムーブメントに併載する場合、ただ単純にモジュールを積み重ねていくだけでは動力の伝達効率が低く、正常な作動がおぼつかない可能性がある。各機能がスムーズに連動するよう、より簡潔に、より効率的に製作してこそ「マスターズ」というわけだ。

2016年、その最初の発露として、3つの複雑機構と5つの付加機能を効率的に統合した「ダトグラフ・パーペチュアル・トゥールビヨン」を発表。さらに2017年にはベースムーブメントに永久カレンダー機構を組み込んだ一体型のキャリバーを開発し、それを載せた「トゥールボグラフ・パーペチュアル“プール・ル・メリット”」を世に送り出した。

一体型キャリバーは機構がシンプルになる分、動力の伝達効率が上がり精度アップも期待できるが、設計・製造面での難易度が高くこれを製造できるブランドは多くない。マニュファクチュール(自社一貫生産体制を持つメーカー)の中でも、名もあり実もある一部のブランドがこの一体型キャリバーを開発し発表し始めているが、その一つがA.ランゲ&ゾーネである。

少なくとも5年はアイデアが尽きることはない

A.ランゲ&ゾーネ本社CEO、ヴィルヘルム・シュミット氏。1963年ドイツ・ケルン生まれ。アーヘン大学で経営学を学んだ後、BPカストロール、BMWを経て、2011年1月にA.ランゲ&ゾーネの本社CEOに就任。就任直後にブランドの長期的発展を見据えた工房拡張に着手。15年8月に完成させる。完成式典にはドイツのアンゲラ・メルケル首相も列席し話題となった。

単に複雑時計をつくるのではなく、それをいかに合理的に、効率的に製造するか、という方向にシフトしつつあるA.ランゲ&ゾーネ。こうした開発を指揮するのがヴィルヘルム・シュミットCEOである。2011年にCEOに就任してからの7年をこう振り返る。

「総じて良い7年だったと言える。理由は、本社があるドイツ・ドレスデンに新しい工房をオープンできたことがまず一つ。次に『グランド・コンプリケーション』の発表。ドイツ国内で製造された時計では最も複雑なものとなった。そして世界的に直営ブティックが充実したこと。日本でも銀座ブティックが移転オープンして素晴らしい店舗になった。それらすべてが喜ばしいことだが、個人的に一番誇らしいのは7年間で100名以上の時計職人を育成したこと。明日のランゲを支える貴重な存在だ」

2000年代、機械式時計が再び日の目を浴び世界的にブームになると、各ブランドの開発スピードは上がり、“世界初”や“世界一”を競うかのような開発競争の様相を呈した。機構面での進化はそのころに出尽くした感があり、2010年代になるとデザイン面や素材面で新しさを打ち出すブランドが多くなる。そんな中、周囲の喧騒に目向きもせずにムーブメントの開発を粛々と進めてきたのがA.ランゲ&ゾーネであり、それを押し進めたのがシュミット氏である。

「1990年代、2000年代、そしていまを比べると高級時計を取り巻く環境が大きく変わっている。コレクターの数も違えば、コミュニケーションの手法も異なる。だけども、私がこのブランドに課さなければならないことは一貫して変わらず、それはいかなることにも手を抜かないことだ。われわれの時計づくりに近道はない。ランゲの価値を落とさずに高めていくビジネスをしていくことが重要だ。

機構開発においては、少なくとも私がプランできる5年間はアイデアが尽きることはない。5年ではとても実現できそうにないほどだ。A.ランゲ&ゾーネは1990年のブランド再興からすると、まだそれほど歴史が長いわけではない。これまで実現していないこと、未開の領域がたくさんある。それを一つ一つ実現していくことが目下の目標だ」