科学が野球にイノベーションを起こす

映画にもなっているので、あらすじをご存じの方も多いだろう。ビリー・ビーンは、貧乏球団のアスレチックスをトップチームにまで育てあげた実在の人物である。将来を嘱望されてメッツに入団するも芳しい成果を上げられず、移籍を繰り返した末に27歳で引退。1997年にアスレチックスのゼネラルマネジャーに就任した。

「かねてから旧来のスカウト方法に強い疑問を感じていた」ビリーは、ハーバード大卒のポールを補佐役として、徹底したデータ主義を選手の評価に取り入れるのだ。

たとえば打撃でビリーらがもっとも重視するのは、打率でも打点でも本塁打数でもなく、出塁率。得点への貢献がいちばん高いことが実証されているからだ。そのためアスレチックスでは、四球もシングルヒットもほとんど等しく評価される。逆に、盗塁やバントなどの犠打は、データ的には大して得点に結びつかないので、基本NG。送りバントは愚かな行為というわけだ。

投手の評価方法も独特だ。スピードやフォームなんて無視。防御率も被安打率も投手の責任ではない。投手にとって「本当に意味のあるデータ」は、奪三振、与四球、被本塁打、被長打だけ。

こうした革命的な評価基準でスカウトをすると、他球団からはノーマークの有望な選手がゴロゴロと見つかった。無名だから契約金も安い。結果、アスレチックスは極めて安い投資で、地区優勝を成し遂げるまでの強豪チームになったのだ。

直感と理性には得手不得手がある

アスレチックスの成功要因を、マイケル・ルイスは次のように分析している。

<アスレチックスの成功の原点は、野球の諸要素をあらためて見直そうという姿勢にある。経営の方針、プレーのやりかた、選手の評価基準、それぞれの根拠……。アスレチックスのゼネラルマネジャーを任されたビリー・ビーンは、ヤンキースのように大金をばらまくことはできないと最初からわかっていたので、非効率な部分を洗い出すことに専念した。新しい野球観を模索したと言ってもいい。体系的な科学分析を通じて、足の速さの市場価値を見きわめたり、中級のメジャー選手と上級の3A選手は何か本質的に違うのかどうかを検証したりした。そういう研究成果にもとづいて、安くて優秀な人材を発掘していった>

ビリー・ビーンは、野球の経験則を理性の目で見直すことで、野球にイノベーションを起こしたのだ。とすれば、理性だって捨てたもんじゃない。むろん、ビリー・ビーンとて、外野フライを計算で捕れというむちゃは言わないだろう。

直感(経験則)と理性には、それぞれ得意分野と苦手分野がある。次回は、政治的対立を例にとって考察を進めていきたい。