無料でつく「モーニング」はやらない

「カフェタナカ」が面白いのは、1963年に開業した名古屋の老舗店でありながら、これまで、無料のモーニングサービスを一切してこなかったこと。それでもお客に支持された。

この店を創業したのは、田中寿夫(としお)氏だ。滋賀県出身で画廊に勤めた後、54年前に千種区の田代本通りで店を開き、数年後に現在地に移転した。今回話を聞いたのは2代目の娘世代だが、筆者は過去に何度も創業者に話を聞いたので、併せて紹介したい。

名物の鉄板スパゲティ「イタリアン」。創業以来人気だという。

「上飯田の現在地に移転した当時、店の前の道路は砂利道で、周りは田んぼだらけ。『こんな場所で店をやるのか』と周囲に笑われました。でも、自家焙煎のコーヒーにこだわるうちに、お客さんに支持されるようになりました。当時は朝7時に開店しており、出勤前の人に向けて早朝から営業するのが“モーニングサービス”だったのです」(寿夫氏)

昔は「タナカ」という名前で、コーヒー以外に名古屋名物の「鉄板スパゲティ」やサンドイッチが人気だった。多い日は1日に600人も集客し、一時はのれん分けの形で7店舗まで広げた。

父のコーヒーに合う洋菓子を提供

現在の「カフェタナカ」となったのは、娘の田中千尋氏(社長兼シェフパティシエ)の活躍が大きい。フランスに留学して本場の洋菓子を学び、1995年の帰国後は家業に入社し、四季折々の洋菓子を提供する。現在は雑誌やテレビが取り上げる人気パティシエとなったが、職人としての本分は崩さない。季節感の乏しいショートケーキだけでなく、季節のフルーツをつかったタルトを取り揃えているのは、千尋氏のこだわりだ。

「2人姉妹ですが、もともと私も妹(現取締役の千寿氏)も、父や亡くなった母の働く姿を見て育ち、高校時代からはアルバイトで焙煎の手伝いや接客もしました。2人ともお店が大好きで『将来、店をこんな風にしたいね』と話したこともあります」(千尋氏)

1番人気というモンブラン。

実は父は「2人とも女の子なので、いつかお嫁に行く。この店は私一代で終わりだろう」と思っていた。だが、長女は本気だった。名古屋のお嬢様学校として知られる金城学院短大を卒業すると、周囲の猛反対を押し切って渡仏。修業を終えて帰国し、「コーヒーに合う洋菓子を、店で提供したい」と相談すると、父からはこう言われた。

「365日、自分が本当においしいと思う洋菓子をつくり続けること。その自信があるならやりなさい」

この言葉に奮起した千尋氏は、店に泊まり込むような生活を続けた。当時、父は多店舗展開した店を本店だけに縮小し、娘の取り組みを支えた。こう紹介すると爽やかな話だが、そこは親子の関係だ。千尋氏は「父とは頑固な部分が似ており、よく衝突した」と笑う。