シュー、ウェイ、チョウシュンの三人のうち、便器むき出しの家に住んでいるのはシューのみだ。ただ、彼らの家におじゃました際、共通して毎回感じるものがある。それは、部屋に漂う投げやりで、殺伐とした、よどんだ空気。さらに踏み込んでいえば、敗残感である。

上海では2016年に入って郊外の家賃が高騰、シューとウェイも今年(2017年)の春節を機に家賃が倍の1000元(1万7000円)になった。不景気で、チョウシュンのように突然失業するケースも増加。生活のプレッシャーは確実に増していた。

シューは「上海でマイホームを買うなんて100パーセント無理」と断言する。真面目に働いてもトイレすらまともにない家にしか住めない。せめてもの贅沢でクルマを買って、週末ぐらいは家族で日常を忘れたい――こんな思いが彼らをクルマの購入に走らせていた。

近くて、 とてつもなく遠い上海ディズニーランド

親友であり、職種、家庭環境、資産状況も似たり寄ったりのチョウシュンが、リストラでクルマの購入をあきらめたのを目の当たりにしたシューとウェイは、一括で買ったとはいえ、さすがに少し怖くなっていたようだった。

「でもほら、失業しても、クルマがあれば、ウーバー(Uber)や滴滴(Didi)みたいな配車サービスで稼げるじゃないか。チョウシュンも無理してでもやっぱりクルマを買った方がいいよ」とシュー。ウェイも、「そうそう、ディズニーランドもできるしさ。この辺は交通がとにかく不便だから、ディズニーランドや空港に行く人を乗せる需要はこれからもっと増えるよ」と続ける。これを聞いたチョウシュンは、「そうだね」と少し明るい顔になった。

彼らの住む辺りは、浦東空港まで直線距離で2キロ足らずの所にある。さらにこの年の6月に開業した上海ディズニーランドへも直線距離なら10キロ程度だ。一方で、都心部からはというと、例えば日本人の居住者も多い婁山関路(ロウシャンクアンルー)というエリアからの直線距離は、浦東空港が50キロ、上海ディズニーランドは37キロあまりだが、浦東空港へは地下鉄が直結しているほか、リニアモーターカーや空港リムジンバスもあるので、1時間半あまりで着く。一方で上海ディズニーランドも開業に合わせて開通した地下鉄を利用すれば1時間程度と、公共交通機関を使ったアクセスは便利だ。

ところが、直線距離では断然近いシューたちの住む辺りは、公共交通機関の整備とは無縁の陸の孤島だ。地下鉄を使って浦東空港やディズニーランドに行くには、最寄りの地下鉄駅まで路線バスはあるものの、本数は一時間に一本。自宅を出て最寄りの地下鉄駅に着くまでに既に二時間近くかかってしまう。さらに認可されたタクシーもこの辺りには乗り入れない。仕方なく彼らは、地下鉄に乗るために白タクを利用している。

中国から世界への玄関口である浦東空港、豊かな中国を象徴する最新スポットである夢の国・上海ディズニーランドにほど近い場所に住みながら、現実的な距離はとてつもなく遠い。念願叶ってマイカーを手に入れたチョウシュンが、初めてディズニーランドを訪れるのが、白タクか配車サービスの運転手としてではなく、客としてであればいい、と思う。

山田 泰司(やまだ・やすじ)
ノンフィクションライター。1988~90年中国山西大学・北京大学留学。1992年東洋大学文学部中国哲学文学科中退。1992~2000年香港で邦字紙記者。2001年上海に拠点を移し、中国国有雑誌「美化生活」編集、月刊誌「CHAI」編集長を経てフリー。EMS情報メディアの編集も手がける。日経ビジネスオンラインに「中国生活『モノ』がたり」を連載中。